むべやまかぜを
いったいいつまで雑談が続くのか。と、いうか、雑談を聞いているほうが面白いのでないか。少女がぼんやりと思ったときのこと。
「遅れました! ほんと、すみません」
若い男が会議室に入ってくる。擦り切れたジーンズに皮のジャンパー。泥のついた安全靴。年のころは二十そこそこ。そやつが最後の仕事人。
「お、来たか」
蔡円が言った。
「すみません、山田さん。伊澤さんも……現場の作業が押してしまって」
若者はひどく低姿勢だった。それほど背の高いほうではないが、筋肉質なせいで、厚みを感じさせる人物。それが召集命令を受けてやってきた最後の人物だった。
「まだ、アルバイトやってんの、たっつん?」
蔡円が言い、遅れてきた若者は日に焼けた顔に笑顔を作って答えた。
「ええ。まあ。やっていないと食ってけないですから」
最後にやってきた若い作家はいかにも屈託のない人物であった。ひねたところのない素直な人物。美男子ではないが、好感の持てる若者である。
丸山花世はこの最後に来た人物のことをもう少し詳しく知りたいと思ったのであるが、その時はかなわなかった。編集殿がこう口火を切ったからである。
「龍川さんも来てくれましたし、これで全員がそろいました。時間もないですから、さっさとはじめましょう。ああ、ええと、その前に、こちらがさっきから話しに出ている龍川さん。この前、丸山さんには渡しましたが『くのいち秘闘伝』の作者さんです」
丸山花世は岡島から手渡された二冊の新書を思い出していた。
「本当はもう一人、魔法少女エムの作家さんも呼びたかったのですが、名古屋のほうに住んでおられるので断念しました」
「そりゃまあそうだよね。名古屋は無理だわ」
少女は適当に頷き、そこで龍川は先輩二人とは違う反応を見せた。
この少女は誰? こんな子にエロ小説書かせていいの? そのような常識的な反応ではない。
「あれ、あの、君さ」
若者は真剣な顔をしている。その真剣な表情に丸山花世も胡乱な表情となった。
「え、何?」
龍川は、丸山花世が首からぶら下げているネックレスを見ている。それは少女がいつも身につけているもの。タマオシコガネ、要するにフンコロガシのペンダント。
「それ、そのスカラベのネックレス、もしかしてWCAの?」