むべやまかぜを
「うん。悪い。細かい描写とか、みんな嫌う。まあ、当たり前だよね、そういうものを期待して買ってるわけではないんだから」
岡島が口を挟んだ、。
「どうも読者の読み込む力が年々落ちて言っているみたいで」
「そうかな。僕は、前からこんなものだと思うよ」
伊澤が言い、蔡円が言葉を継いだ。
「記号論……なんだよな。お姫様はお姫様。看護婦は看護婦。妹は妹。そういう記号が読者の頭の中にあって、だから、記号と合致しない行動をするキャラは受け付けてもらえない」
菜園男は言い、丸山花世は尋ねた。
「それって、あれですよね、作者の書きたいものや書きたいことが読者にとっては邪魔だってこと?」
少女にとってはそれは、感心しないことであったのだ。けれど。
「うん。そうだね」
信金男の伊澤がはっきりと言った。
「僕達は別に芸術作品を作ってるわけでもないし、エンターテイメントの作品を作ってるわけでもない」
では、何を作っているのか? 少女が尋ねる前に蔡円が言った。それは、彼らの間では何度も議論され、語られてきた末の結論。
「俺達が作ってるのは作品じゃなくて、道具。ツールなんだよ。ツールとして使い勝手がよければそれでいい」
「それって、作者として、いいんですか、そういう態度は? もうちょっとこう……物語の神様に対してきちんと顔向けできるような、そういうものはないのんですか?」
多分、丸山花世は自分が思っているよりもずっと幼く純粋なのだろう。抗議するような口調の少女に先輩諸氏は笑った。
「確かにそうだけれど、しようがないんだよ。そういうフォーマットの元でやっていく仕事だから」
伊澤は人格者なのだろう。穏やかに諭すように言った。それに蔡円が続ける。
「エロラノベはやっぱり特殊だよな。いわゆる官能文庫とは違うし、かといってラノベとも違う。鬼っ子みたいな存在だよ。まあ、でも、やってみると結構面白いもんさ。作者もいろいろとおかしな奴がいるしな」
そこで突然岡島が立ち上がり喚いた。
「そうです。変な自費出版にお金むしられるんだったら、どうして、みんな、うちに投稿してこないのか!」
確かに。丸山花世は男達の会話を聞きながら思っている。
――こいつらは面白い連中だ。