むべやまかぜを
「つまりですね、世の中にはいろいろな性癖を持った人がいるわけで。たとえば、ショタという性癖……ご存知でよね?」
「うん。知ってる。小学生ぐらいの男児が好きな人のことでしょ?」
「そうです。そういうショタ好きの人で、かつ、そういうショタ系のエロ作品をあえて買い求めるような人は……日本の全人口で六千人がマキシマムだってことなんですよね」
「え? そうなの? 誰が決めたの?」
珍説に少女は変な顔をしている。岡島は丸山花世の問いには答えず自説を強引に展開する。
「同じように、たとえば、そうですね、性転換モノに惹かれて、なおかつ実際にそういう作品を購買してみようという人は、これまた六千人」
「一億二千万の日本人で六千人ってこと?」
「そうです」
岡島は力強くうなった。
「女性で男性器を具えたいわゆる『ふたなりもの』もマキシマムは六千人。それ以上は出ません。頭打ちです。データで見ても明らかです」
「ふーん。そんなものかねえ」
花世は感心したようにして呻き、岡島は続ける。
「ですから『特殊な性癖の人で、なおかつエロラノベを買う人はどんなに多くても六千人』」
うーん。
少女は相当強引な編集殿の発言に腕組みをしたままうなった。
「ただ、こういう特殊な人たちはいわゆるノイジーマイノリティですから、2ちゃんねるなどでは物凄く声が大きい。で、彼らの声を信じて商品を作るとですね」
「大失敗ってわけかー。ふーん。いろいろとあんだねえ」
六千以上の部数が絶対にはけない。上値が決まっている商品はやはり会社としてはありがたくないのだ。
たかがエロラノベ。けれど、案外奥が深い。伊澤がそこでこう付け加える。
「マンネリマンネリって言うけれど、かといって、変化球には誰も食いついてこない。お客さん、すごく保守的だからね」
それは長年この業界にいたものの実感、であろう。そして、そういう先人の言葉は丸山花世にとっては重要な指針となるものなのだ。
「そうなんだよなあ。一ミリでも基本から外れるともうアウト」
一ミリの違いでアウト。いったいどんな精密機器を作っているのか。
「あとさ、伊澤さん、SFとか、設定が小難しいのもダメじゃないか? 読者、食いつきがすごく悪い」