むべやまかぜを
人のよさそうな三十路男は笑いながら言った。自意識過剰なクリエイターという印象は男の表情からは見られない。むしろ、そこら辺の信用金庫の職員のような風情であるのだ。
「……まあ、そんなところです」
丸山花世はライターと言われたことがちょっと気に入らないのだ。
――ライターと作家は違う! 絶対に!
だが、そのことについていちいちこだわっていては話がややこしくなるばかり。ただでさえ話はおかしな具合にこじれているのだ。
「へえ。ええと、あの、君、年、いくつ?」
タートルネックの男は丸山花世に訊ねた。
「十六です」
少女の言葉に男は声を潜めて言った。
「あの、岡島さん、いいの? 高校生にエロ小説なんか書かせて。まあ、エロアニメの作画監督か何かを二十歳前の子にさせていたっていう例も過去にはあったみたいだからいいのかもしれないけれど」
「しようがないでしょう。人数足りないですから」
岡島は苦渋の表情で続ける。
「ええと、丸山さん、こちらが伊澤さん。伊澤浩二さん」
伊澤は笑った。人懐こい笑顔であった。騙されやすく人に利用されやすい人物。けれど、そうでありながら今まできちんと生きてこられたということは運が強いタイプなのか。
「丸山花世です。作家の大井一矢の親戚です」
少女は言い、伊澤は目を丸くしていった。
「ああ! 大井さんの! 以前お会いしたことがありますよ。どこかの版元のパーティで……どこだったかなあ」
大井一矢の名前は津々浦々に知れ渡っている。ただの居酒屋の女主人というわけではないのだ。
「同人ソフトで、一年ぐらい前に出た作品。青のファルコネットって作品、あれ、一矢さんがシナリオやってるって噂なんだけれど、本当? 相当売れてるって聞いたんだけれど」
伊澤はそのように尋ね、そこで少女は言った。
「売れてっかどうかは知らんですけど、あれはアネキの仕事ですね」
「ああ、やっぱりそうなんだ。文章が一矢さんだろうってみんな話しをしていて。あの作品、面白いんだよなあ。きちんとしたミステリを書ける人でないとあれは作れないよなあ。それにしても、いろいろなところで仕事してるよねえ、一矢さんも」
信金男はいたく感心している。そして、感心が過ぎたのであろう、伊澤は余計な一言を漏らした。