むべやまかぜを
エロラノベ業界考察
新橋。くたびれたサラリーマンの似合う町。
薄汚れた烏森口改札を出てパチンコ屋の前を通り、廃校となった小学校の校庭を横切り、レンタルビデオのチェーン店の前で右に曲がる。駅から歩いて五分ほどの距離のところにイツキという居酒屋があった。古い雑居ビルの地下奥の小さな店にはカウンター席が十ほどあるばかり。有線放送で流れるのは巨人戦が有るときは野球中継。野球のない日は演歌――ではなくて何故か八十年代のニューミュージック。
ものすごく流行っているというわけでもないし、名店として雑誌に載るわけでもない。だというのに何故か潰れることのない不思議な店。店の主は三十半ばの女性。なかなかの美人で腕も決して悪くない。
――今日のお勧めは大目鱒。
小さなホワイトボードに書かれた文字が僅かにかすれている。時刻は午後の十時を過ぎる。そろそろ本日の営業時間もおしまい。だが。カウンター席には客が一人。この客がなかなかに重い腰を上げようとしないのだ。客は見たところ二十代半ば。トレーナーにジーンズ、はいている靴は底の減ったスニーカー。運動不足なのか青い顔をした不健康な客はしきりに貧乏ゆすりをしている。出されたウーロン杯の氷はとうの昔に解けてしまっている。
「ダメか……」
カウンターには客の携帯電話が乗っている。
「一矢さん」
神経質そうな客は店の主に呼びかけた。カウンターの中で洗物をしていた一矢、つまり女店主が顔を上げる。長い髪を後ろで結わえた色白の美人。ジーンズにワイシャツ。シャツの上からエプロン。居酒屋よりももっと別に働き口はありそうな、そんな女性。客は主人にこう尋ねた。
「ここ、携帯の電波入りますよね?」
「入るわよ」
「そうか。そうですよね……入りますよね」
若い客は苦い顔をして頷いた。誰もがわかることであるが、客は待ちぼうけを食らったのだ。
「だめか……」
若い男は顔をしかめた。
「十時……もう、過ぎてるもんなー」
客はうんざりしたようして時計を見た。
「まあ、ダメだと思っていたけれど、やっぱりダメか……地方のライターってこういう時に困るんですよねえ」
「弱小エロ版元の哀しさ? 岡島さん?」