むべやまかぜを
岡島の顔色は冴えない。どうも察するに編集殿にも秘策というものは無いらしい。丸山花世に断られればそれで全てが終わる。上司に怒鳴りつけられ、何とか開拓した書店の棚は永遠に失われる。
「ええと、やっぱり無理ですか、二週間は」
「四十歳のオッサンが半年で無理なもの、私に二週間でやれって、そりゃ無茶でしょう}
「だったらどれぐらいの時間があれば……」
「うーん。やったことないからわからないけど。…そうだなー、やっぱり一月半。二月はいるんじゃないかなー」
少女は言った。彼女は年は若いが自分の馬力やスピードをきちんと理解している。
「いずれにせよ二週間は無理。私にもいろいろとやることあっからさ。ゲーセン行ったり、カラオケ行ったり」
はあ、やっぱりダメですか。岡島は万策尽きたようにしてうめいた。そう。もはやこれで全ては終わり。編集殿の雀の涙程度のボーナスに何がしかのダメージが加えられることがほぼ決定……したかに見えたその時のこと。
「一人で書くから時間かかるのでしょう?」
女主人が口を挟んだ。
「一人で全てを背負い込むから難しいことになる」
大井一矢の言葉に丸山花世は僅かに頷いた。
「短編集にしろってことなのかな? それだったらもしかしたら」
岡島がすぐに口を挟んだ。
「短編集、売れないんですよね」
女主人は笑って言った。
「そうじゃなくて、大勢で分担してひとつの作品を書くのよ」
「大勢で分担してひとつの作品を書く? はあ? 普通、物語は一人で書くものっしょ」
「そうね。でも、ゲームのシナリオは何人かで分業するでしょう?」
ギャルゲーであるとかエロゲーといったゲームのシナリオは攻略できる女性ごとに担当のシナリオが違うことがある。ちょうどプレハブの家であるとかブロック建造の船のようなもの。それを最後に結合してひとつの作品にする。
「えー、でもさ、エロゲやギャルゲーと小説は違うじゃんか」
「だったらアニメはどうかしら? AパートとBパートでスタッフが違うということはよくあるでしょう?」
女主人は言った。
「前半十五分と後半十五分で分けて作る。アニメでできるのであれば小説でもできるでしょう?」
女主人の名案に、だが、女子高生は納得がいかない様子である。