むべやまかぜを
実際、ミステリ本の作者といえば女も口説けるが、触手大活躍のオタク向け本では女を口説けない。生きるための金は必要。かといって自分の本質に踏み込みたくない。それは恐怖。信念のなさが筆を曲げさせる。どこまでが本気でどこまでがギャグなのか分からない原稿も、結局は怯えの産物。
「たかがエロの分際でとかって言う人いますけど……そのたかがのエロもこなせない人間にご高説を垂れられるのも、ねえ」
岡島の投げやりにぼやくと沈黙する。
「物語は技術ではない。ハートの強さ、ね?」
黙って聞いていた女主人が言った。花世も渋い顔で頷く。
「確かにそうだよなー。時々、アマチュアの人で『文章力』がどうとかってめちゃくちゃにこだわる人いるけど、あんまりそういうのってカンケーないもんなー。ひどい文でも平気で作品作っているひと大勢いるわけだし。で、ケッコー面白く読めるんだよなー。そういう作品でも」
少女は豊中の原稿とさきほど岡島から受け取った新書を見比べている。そんな妹に女主人は言った。
「作品はラブレターと一緒。物語の神様はいつでも技巧より作り手の想いを大事にするもの」
巧言令色鮮仁。綺麗な言葉をつむけばつむぐほどそれは偽りになる。花世はつぶやいた。
「ハートのない人間の最後のよりどころ。そいつが文章力、か」
技術ではない。最後に頼りになるのはハート。二冊の新書にはハートがある。あるから読者にその強さが伝わる。だが豊中の原稿にはそれはない。
「ねえ、オカジー」
少女は何かを決めたようである。
「はい、なんでしょう?」
「仮に、この話を請けるとしてだよ、何か秘策みたいなものってあんの?」
「秘策、といいますと?」
岡島は逆に聞き返した。
「だからさ、二週間で、新書一冊っていうのは無理なんだよ。常識的に。もちろん、そういうことができる人もいると思うよ。でもさ、家と同じでさ、早く建つものは早く壊れるんだよ」
少女は首を横に振って続ける。
「何でもそうだけれど、やっつけ仕事って心に残らないよ。二週間で作られた作品は二週間で忘れられていくものなんだよ」」
「それは、そうなんですが……」
「だからさ、なんか、こう、そういうのをうまく切り抜ける秘策みたいなもの、編集の側にないのかな? 私の側にはそういうのってないから」