むべやまかぜを
「仮に買ってくれる人がいるとしてです。そんな人が何人いるか知りませんが、いるとしましょう。けれど、いつ完成するか分からないものにつきあうのは無理なんですよ」
豊中が半年をかけて築き上げたもの。四回の書き直しの末に出てきたのが『チンゲヌス』であり『タマキーン』そして『鼻チン人間』。確かにおかしい。だが、それは意図したものではなくて素でおかしいのだ。『おもしろい』ではなく単に『狂ってる』。
「やっぱり、無理か……」
花世はつぶやいた。少女も分かっている。もしも自分が読者だったとしてブボーの物語をお金を出して買うか。ヤクザな娘であれば買うかもしれない。彼女は好事家であるから。けれどそんなおかしな人間が滅多にいないことは少女自身理解している。
「ちょっと古いんですよね。豊中さんは」
岡島は言った。
「今年で四十三、四十四? 『一番影響を受けたアニメは宇宙戦艦ヤマトです』とか言われても、ねえ……」
丸山花世はあいまいに頷いた。
「感性、やっぱり、古くなるんですよね。若いつもりでいても、四十代。十代の読者とは感じるものが違うんですよね。だから、どこかで無理が生じるんですよ」
編集殿はちょっと淋しそうな顔をしている。少女は原稿をじっと眺め、そして弘子であり同時に一矢である女主人は編集と少女の会話を聞くとはなしに聞いている。
「結構、年配の作家の人でも、うちに営業かけてきたりするんですよね。昔、ミステリー書いてた人とか。で、ダメになってエロに流れてくる。エロは向こうに比べると景気がよさそうに見えるんですかね。でも、やっぱりダメなんですよね。皆さん、『そこまでは落ちたくない』みたいな変な気負いがあって。だから、書いているものに気迫が感じられない」
岡島はぼやいている。
「豊中さんも、やっぱり最後の最後で自分をさらけ出したくないっていうそういう無意識のリミッターがかかっちゃうのかなー」
エロはエロなりに難しい。
チンゲヌスやタマキーンのような珍妙なネーミングセンスも見方を変えれば、単に、危険地帯に踏み込みたくないという糊塗。
――馬鹿にされたくない。笑われたくない。変態扱いされるのはごめん。俺は偉いんだ。こんなゴミみたいな仕事はしたくない!
それが豊中の本心。