むべやまかぜを
エディターソフトの文書をそのまま印字した原稿。ぎちぎちに詰まった横書き原稿は、原稿というよりはむしろ始末書のようである。岡島は何も言わず、そこで丸山花世はやけくそ気味の原稿に目を落とした。
「まあいいや……って、えーと何々……」
――一九九X年! 月の裏側で異変が起こっていた!
オカジーはひどく恥じ入ったような顔をしている。他人が書いた珍作のために大恥をかかなければならない。編集という職業はマゾヒスティックな人間でなければ勤まらない。
「すげー! 二十世紀の話なんだ! なんで二十一世紀にしないの?」
少女は大いに感動しているようである。
――全長十五キロの巨大な飛行物体! それは、巨大な男性器そのものであった! ピンク色をした巨大な船体! 船体左右には巨大な球形の重力エンジン。ブースターからは真っ赤な炎が血潮のように噴出する!
丸山花世は目を輝かせている。
「これは……この作品はある意味すごいなー」
――それはチンゲヌス帝国の宇宙戦艦タマキーンであった!
「チンゲヌス! タマキーン! アネキ、チンゲヌスだって! ぎゃはははは! すげー! なんちゅうネーミングセンス! あっはっはっは!」
丸山花世は腹を抱えて笑った。
「ぐははははっ! す、すげー! これいいなー! 最高ッ! オカジー、これ、出版するべきだよ! こんな作品見たことない! あっはっはっ!」
少女の爆笑に編集はぐったりしている。
――チンゲヌス帝国の目的はただひとつ!地球の支配。人類ホチン計画だった! タイムリミットは三百六十六日だった。
丸山花世は笑いすぎて涙を流している。
「はあはあ……なんじゃ、これ……いいなー、この滅茶苦茶感! なんだー! 人類ホチン計画って! 何のパクリだよ!」
褒めているのかはたまたけなしているのか。
――チンゲヌス帝国の動きをいち早く察知したマラカイボ教授は近所に住んでいる青年、武望に目をつけた!
「え? ああ……へ? この武望っていうのが主人公? また唐突に現れるなー! え、『たけのぞむ』じゃなくブボーって読むの? なんじゃそりゃ! うははははっ! ブボー! 中国人なのか?」
「さあ……そう聞かれましても……」