むべやまかぜを
「生まれたいように生まれさせてやればいいんだよ。育ちたいように育たせればいいんだよ。人と一緒だよ。みんな自分の子供には良い子に育ってもらいたいって思うけれど、そうはならないわけでしょ。どうにもならないチンピラになっちゃったりさ。で、一方でとんでもないゴロツキの家に生まれた子が妙に人格者になっちゃったりすることもあるわけで……」
少女には少女だけが分かる理屈というか、理論がある。運命哲学とでもいうべきか。
「それは作り手と作品の関係だけじゃなくてさ、編集と作品の関係も同じだよ。もしもオカジーが本当にりっばな編集になる運命を持ってれば、適当にやっててもきっとヒット作に関わることができるよ。作為は無用だよ」
花世の舌鋒はよせばいいのに読者にも向けられる。
「だいたいさー。『良い作品』『良い作品』ってみんな言うけれどさ、それって、結局相対的なものじゃんか。へんちくりんな作品があるからこそ良い作品が輝くんだよ。地雷を踏みまくった人だからこそ、良作に当たったときの感動があるんじゃん。良い作品だけ選って楽しもうっていうさもしい読者ならいらねーっ言ってやりゃいいんだよ!」
「そんなことしたら会社潰れますよ」
少女の暴言にオカジーは疲れ果てている。本当に、この娘は物書きヤクザである。言いたい放題の失言娘はしかし自説を曲げない。
「人が作品を作ってるんじゃない。作品が人を作るんだよ。作品が読者を作り、作者を作り、編集者を作るんだよ。時々『俺様が作者だ』なんてふざけた奴がいるけれど、そんなの傲慢だっつーの!」
少女は吼えた。それは彼女の魂の叫びだった。だが、一方でそれは極論であるのだ。岡島はそこで無言のままかばんから何かを取り出した。コピー用紙の束である。
「ん、何よ、これ?」
「原稿です。豊中さんが送ってきたもので……第四稿です」
岡島はなんともいえない顔をしている。作者のやりたいようにやらせていては会社は破産する。理想論を振りかざすアジ娘には現実を見せてやらなければならない。
「見ていいの?」
「どうぞ……」
そのほうがお互いのため。そして、豊中アンジーのため。原稿を受け取った丸山花世はすぐにじっとりとした視線を編集に送った。
「あのさー、オカジー、どうでもいいけど、せめて、印字は縦にしようよ、縦に……」