むべやまかぜを
編集は悪びれる様子もない。
「来年の四月十日に刊行?」
「いいえ。今年の四月です」
「今年? あと二十五日しかないじゃんか」
岡島は普通に言い、丸山花世はさすがに不安そうな表情を作った。
「ええと、それで、それって何ページぐらいのものなの?」
掌編であれば、まあ話は分かる。そうであっても花世にとってはしんどいこと。触手にからめとられた美女の姿を描写する。あるいはオークに囚われたエルフの美少女の末路であるとか――花世もそのような作品は作ったことがない。作ったことがないもの、書いた事がないものは、書きあがるまでの目算が立てられない。
「二百十ページです」
編集殿は当たり前のように言い、丸山花世は鋭く言った。
「それって、新書丸々一冊ってことじゃんか」
「そうですよ」
「新書一冊、二週間で書けって? 書いたこともないエロラノベを? 私に? はあ? それはいくらなんでも無理っしょ」
少女は怒るよりもむしろきょとんとしている。目の前にいる編集は馬鹿なのではないか?
「まあ、普通ならば無理なんですが……」
岡島は淀んだ瞳で言い、少女はあまりに不可思議な話にかえって興味をそそられたようである。
「えーと、あのさ、いったい、どういうことなの? そんなタイト……っていうか、気が狂ったスケジュール、誰が立てたの?」
目を丸くしている少女に、女主人はちょっと人が悪いのだろう。楽しそうに笑っている。
「弘子ネエも笑ってないでさ……いったいどうなってんのよ?」
一矢ではなく弘子。それが女主人の本名。
「ええとですね、つまりですね」
オカジーが説明を始める。
「豊中アンジーというライターがいまして……この人に、作品をやってもらおうということになりまして。半年以上前なのですが」
「豊中アンジー。知らんなー、そんな人。ペンネーム? アネキ知ってる?」
「ああ、ライターの間では結構、有名なんですが。ゲームの紹介記事とか」
ふーん。丸山花世は胡散臭そうに頷いた。ライターというのが少女にはどうにも気に食わない様子である。
「ぜひやってみたいと、向こうの強い要望がありまして。なんか、この仕事で新たな境地を開拓したいとかなんとか。で、あちらにはプロットを出してもらいまして」