舞え舞え蝸牛
その相手と眼が合った。
すると。
英太はニタァと笑った。
絶対にからかわれる。
そう高杉は確信する。
背筋に寒気が走った。
英太から眼をそらす。
その眼を市之助と嘉二郎に向ける。
「俺はもう行く!」
高杉はそう告げると、さっと身をひるがえした。
ヤツが来るまえに去らなければならない。
「高杉さん!」
「高杉ー、舞を楽しみにしてるよー!」
二人の声を背中に受けつつ、高杉は足早に歩いた。
太鼓がドーン、ドーンと打ち鳴らされて、その力強い音が銃陣練習場に響く。
始まりの刻を告げている。
いよいよ出番だ。
狩衣装束が少し重くなったように感じた。
緊張し、身体が硬くなる。
いや、これでは駄目だ。
そう思い、高杉は高ぶりかけていた気を静める。
短い期間であったとはいえ、舞の稽古に打ちこんできた。
その熱心な姿勢だけではなく、その上達の速さも、周囲の者たちを驚かせた。
だから、大丈夫だ。
「高杉」
控室にしている建物の出入り口の近くに立っている先輩が名を呼んだ。
抑えた声だった。
高杉はそちらのほうを向く。
視線をしっかりと受け止め、見返す。
そして。
「はい」
凜とした声で返事をした。
今日はもちろん高杉の家族も来ている。
高杉家の嫡男として、家の者が恥ずかしいと思わないように、むしろ誇らしく感じるように、立派に大役を果たしてみせる。
見事に舞ってみせる。
そう強く思い、歩きだした。
少しして、先輩の横を通りすぎる。
建物から出た。