舞え舞え蝸牛
二、
空は綺麗な水色で、端のほうに綿のような雲が広がっている。
太陽は白く輝き、夏の頃のような強烈さはないものの明るい光を地上に放っている。
風は冷たい。
しかし、震えるほどの寒さではない。
この時期にしては、むしろ温かいほうだろう。
天候に恵まれた。
今日は、公開日である。
藩校は広い。
敷地内に、聖廟や講堂、学校御殿、小学舎、藩校の最高権力者である学頭の居住する学頭舎、書庫、演武場、馬場、水練池、銃陣場、学生寮などがある。
関係者以外の下級武士以下の身分の者は普段は入ることのできない場所である。
それが、今日は、公開されている。
そのため、校内は老若男女問わずのたくさんの人でにぎわっている。
高杉は銃陣練習場近くにある建物の中にいた。
多くの人に見てもらえるように、舞は広い銃陣練習場で行われる。
その近くにある建物を控室として使っている。
出番は昼過ぎ。
もうしばらく先だ。
高杉は狩衣装束を身にまとっている。
下着にあたる単衣、その上に衣、裾にくくり緒の通った指貫と呼ばれる袴をはき、さらに狩衣を着て、烏帽子をかぶっている。
気が引き締まる。
そんな高杉のまえに、藩校生がひとり立っている。
高杉よりも年上で、ひとまわりぐらい身体が大きい。
「ついに今日という日を迎えることができて、俺は嬉しい……!」
すっかり感動した様子で言った。
男泣きでも始めそうな雰囲気だ。
対照的に、高杉は変なものでも見るような眼つきになる。
だが、そんなことには気づかない様子で、先輩は高杉の手をつかんできた。
高杉の手のひらをぎゅっと握る。
「おまえはこれまで本当に熱心に稽古を重ね、短期間にもかかわらず、驚くほど成長した。俺は感心しているんだ」
舞を得意とする先輩で、稽古によくつき合ってくれた。
熱血漢であるらしい。
しかし、実は、高杉はそういうのはちょっと苦手だ。
できれば、手を放してほしい。
そっと手を引き抜こうとした。
けれども、先輩はますます強く握ってくる。
「ありがとう、高杉!」
感情の高ぶりのあらわれた大きな声で、礼を言われた。
わかりましたから、もういいです。
そう高杉は冷静に告げたくなったが、これまで稽古につき合ってくれた先輩に敬意を表して、口を閉ざしたままでいる。