舞え舞え蝸牛
「なんで、俺が、舞を舞わなきゃならねェんだ」
高杉の家は伝統のある名家で、裕福でもあり、そのため、いわゆるお坊ちゃんなのだが、そうとは思えないほど言葉遣いは荒い。
出自に誇りを抱いているが、お坊ちゃんと見られるのが嫌で、あえて乱暴な振る舞いをしたりする。
そうした高杉の態度に慣れているので、久坂の表情はまったく変わらない。
「公開日にどんなものがあったらいいのか、広く意見を聞いてみたら、舞を舞ってほしいっていう要望が多かったんだ」
高杉は思いきり眉間にシワを寄せる。
俺に舞を舞ってほしいっていう要望が多かった……?
サッパリ、わけがわからない。
「特に、寮生からの要望が多くてね」
この藩校の敷地内に学寮がある。
寮には、自宅が遠隔地にあって藩校に通えない生徒と、成績優秀のため入寮をゆるされた生徒がいる。
通学不可能のために入寮した生徒は食費を自分でまかなわなければならないが、成績優秀で入寮した生徒の食費は藩が支給する。
さらに、特に優秀な生徒に対しては、勉学にかかるすべての費用が藩から支給されている。
久坂がそうである。
寮生の中から選ばれて、寮長をつとめているぐらいだ。
ちなみに、高杉も成績優秀のため入寮をゆるされているのだが、家がこの藩校から近いし、裕福だから食費などを藩から支給してもらわなくてもいいので、入寮せずに自宅から通学している。
「多いから無視できなくて」
久坂は話し続ける。
「それで、君に聞いてみることにした」
「断る」
きっぱりと高杉は告げた。
「なんで俺なのか、そんな要望を出したヤツらの気が知れねェ。だいたい、舞を舞うのは公開日の趣旨に合わねェだろ」
「たしかに、そうなんだけどね……」
久坂にしてはめずらしく歯切れが悪い。
声をかけてくるまえから、こうして断られることを予想していたのかもしれない。
「じゃあ、仕方な」
「高杉!」
「高杉さん!」
久坂の言葉が途中でかき消された。
まわりにいる生徒たちが高杉に呼びかけた声のせいで。
高杉はぎょっとする。
いったい何事だろうか。