舞え舞え蝸牛
一、
「高杉、ちょっといいかな」
背後から、美声が追いかけてきた。
高杉晋蔵は足を止める。
藩校の講堂を出ようとしていたところだった。
うしろにいるのがだれか、声を聞いてすぐにわかった。
高杉は苦虫をかみつぶしたような顔を作って、身体ごと振り返る。
「なんだ」
視線の先、そこにいたのはやはり久坂義人だった。
久坂は高杉と同じく大学課程の生徒だ。
この藩校では小学と大学の二つの課程があり、小学は八歳から十四歳までの者、大学は十五歳から四十歳までの小学全科修了者が在籍している。
さらに、久坂は高杉と同じく、城下から少し離れた村にある吉田松風の塾で学んでいる。
藩校と塾のどちらでも、いや、どこにいても、久坂は目立つ。
高杉の視線を受けて、久坂はにっこり笑った。
まるで蕾だった花が咲いたような印象だ。
美しいのは声だけではない。
顔も綺麗で、人目をひく。
そのうえ、頭が良くて、学業成績はきわめて優秀で、弁も立つ。
天は久坂に二物も三物も与えた。
というよりも、恵まれすぎだ。
そう高杉は思った。
久坂は口を開く。
「公開日のことなんだけど」
公開日、それは秋の試験後に、藩校の門戸を解放して、藩校生たちがこれまでここで学んだことの成果を見せる日である。
この藩校の生徒はすべて士族で、足軽や中間などの卒族以下、農民や町民は入学をゆるされていない。
しかし、公開日のみ、入学をゆるされない身分の者でもこの藩校に入ることができる。
祭のような日だ。
その公開日を実施するにあたって、準備などの運営を率先して行う生徒の会があり、久坂が会長をつとめている。
会長になった理由は、もちろん、人望があるからだ。
多くの者に推薦される形で会長となった。
「高杉、舞を舞ってくれないかな」
「はァ!?」
予想外すぎて、高杉は声をあげた。