舞え舞え蝸牛
皆、久坂をじっと見ている。
そんな強い視線を浴びながら、久坂は腰に差していた扇を手に取る。
次の瞬間。
扇を広げた。
それだけなのに、ひとびとのあいだからため息が聞こえてきた。
絵になるような光景だからだ。
久坂が演奏される音楽に合わせて舞い始める。
その動きのひとつひとつが美しい。
まわりにたくさんいる者たちの眼をすべて惹きつけ、魅了する。
ふと。
久坂が高杉のほうを向いた。
澄んだ、それでいて艶のある、綺麗な双眸。
紅をさした唇が動く。
「舞わなければ、これまでの稽古が無駄になるよ」
そっと告げた。
すぐそばにいる高杉にしか聞こえないぐらいの小さな、しかし、いつもの美声だった。
高杉は我に返る。
今まで足が止まっていた。
舞うのを忘れていた。
だが、それでも観客の眼はひたすら久坂を追っていたので問題なかった。
けれども。
それはしゃくに障ることである。
久坂が舞ってさえいれば、自分は立ちつくしていても観客は気にしない、なんて。
冗談じゃない。
舞を得意とはしていない、だから、恥をかかないよう、身内の者たちに恥ずかしい思いをさせないよう、稽古に打ちこんできた。
努力してきたのだ。
今この場にいるのは、カカシのように立つためではない。
稽古を重ねてきた、その成果を見せるためだ。
この場にいる者たちの視線を集め、驚かせたい。
見事だと感心させたい。
そのためには、しっかりしなければいけない。
高杉は自分の心に喝を入れた。
その表情が引き締まる。
背筋を伸ばし、凜と立つ。
そして、動く。
ふたたび舞い始める。