知らぬが仏
「此処の手羽先がマジで美味いんだって!」
「へぇ。」
ガラガラと青山がドアを開けると「いらっしゃいませ!」という威勢のいい声が聞こえる。
金曜日の夜ってこともあり、店内は結構混んでいた。
個別に仕切られた店内は客同士お互いが見えなくて良い。
なんて考えてから、若い男が二人で飲み屋に入るのは決して変なことじゃない、と、思いなおした。
「何飲む?」
「…カシスウーロン。」
出来るだけアルコール度数の低そうなものを頼んだ。
「わかった。」
青山はいつも以上にご機嫌で話している。
俺は「へぇ。」「そう。」「ふぅん。」なんて言いながらチビチビと酒を飲む。
青山は俺よりもずっとペースが速い。
僅かにに赤くなった頬は妙に幼く見えた。
「で、俺はそこでこう言ってやったんだよ!」
「なんて?」
「『お前は馬鹿か!』って。」
何がおかしいのかケラケラ笑っている。
話の内容よりも、そんな青山の姿のが面白い。
俺も思わず噴き出した。
1時間ほどしてから、いつもよりも酔いが回ってることに気が付いた。
まだ2杯目にもかかわらずだ。
青山は相変わらず酔ってるが、笑い上戸で余り性質の悪い酔い方はしないのか、少し声が大きいくらいで意識はしっかりしてるようだ。
「亮介?酔った?顔赤いよ。」
「ん、少しだけ。」
「んじゃさ、まだ飲めるっしょ?次は?」
「え?もう良いよ、次はウーロン茶で。」
「えぇ〜、もう一杯だけ付き合えよ、な?」
肩を抱かれ、少し身体が強張る。
やっぱりこのノリ、苦手だ。
「俺が飲んでるのもなかなか美味いよ〜。」
ぐいっとグラスを口に押しつけられた。
「んっ、良いって。」
「一口だけ飲んでみなって!」
促されてゴクリと飲む。
喉がカッと熱くなった。
「こ、これ結構強っ…。」
グラスを手で押し返して責める様に青山を見ると、思いのほか真剣な顔で俺を見ていた。
「…青山?」
「優、で良いって。」
青山が俺の首筋に顔を埋めた。
青山の前髪や唇が首筋に触れてくすぐったい。
「青山、ちょっ…。」
「お待たせしましたー!」
店員が来たからか、青山はすぐにおちゃらけたように「酔っちゃった〜。」と俺に擦り寄った。
「あはは、仲がよろしいんですね。」
店員の言葉にはなんの含みも無かったんだろうが、俺は気が気じゃなかった。
「ああいうの、止めろよな。」
店を出てから俺がそう言うと、青山は「何が?」と首を傾げた。
俺が言い淀むと、青山はにやにや笑う。
こいつ、わかってて…っ。
「次はどこに飲みに行く?」
わざとらしくそう言うから俺は「もう行かないから。」と答えた。
「え?何で?」
青山が焦ったようにそう言う。
「一回付き合ったんだからもう充分だろ?」
そう言い捨てると、青山が困ったように眉を八の字にした。
「俺はまた亮介と飲みに行きてーよ。」
冗談じゃない。
「俺じゃなくても良いだろ、別に。」
普段なら絶対軽くかわすのに、酔いもあって俺は少し強気になっていた。
「は?」
「そりゃ、性癖のこともあるし、俺といると楽なんだろうけど、俺はお前と居るの結構キツイ。」
はっきりとそう言った。
さすがに青山も俺の雰囲気で感じ取ったのか言葉を発さず茫然としている。
「話しかけないでくれ、とまでは言わないけど、…青山とはあんまり関わりたくないから。」
そう言って俺は背を向けて家に戻った。