知らぬが仏
言い過ぎた。
自分でもそう自覚している。
けど、素直に謝れるような性格だったら最初から苦労しない。
あんなの、完全なやっかみだ。
いつかこの性癖がばれて、非難されるんじゃないかと日々怯えて過ごす俺に対して、青山の態度があまりにもあっけらかんとしているから。
俺なんかとは全然『同じ』じゃないくせに、『同じ』だと親近感を持たれて嫌気がさしてしまった。
でも、きっと青山だって自分の性癖に悩んだことくらいあるだろう。
俺はちゃんと関わろうともせず、青山のことを知ろうともしなかった。
他人と深く関わったことが無いから、なんて、言い訳にしかならないけど。
自己嫌悪して、本の内容なんて全く頭に入ってこない。
意味も無くパラパラとめくる。
いつもの中庭のベンチで俺は座っていたが、青山は来る気配は無かった。
「やっぱ、来ないよな…。」
呟いて、本を閉じる。
ついでに目を閉じると、もうすぐ冬になるとは思えない暖かな日差しのおかげで眠気に誘われた。
(次、講義あるけど…)
良いや、寝てしまおう。
俺はそのまま意識を手放した。
目を開けると、誰かの肩に寄り掛かっていた。
状況を理解して慌てて頭をあげると、俺に肩を貸してくれた張本人、青山がにこにこと笑っていた。
「おはよ。」
「…青山。」
青山はいつも通りの表情で優しく笑う。
「亮介がサボるなんて、珍しいね。疲れてた?」
「や、別に…。」
普通すぎてどう対応したら良いかもわからず、俺は視線を逸らして青山と距離を取る。
のに、ぐいっと腰を引き寄せられた。
「あのさ、昨日の言葉、本気?」
覗きこまれるように見られて、俺は俯く。
「…。」
本気じゃない。
けど、こういう至近距離の関係は困るのは事実だ。
「とっくに気付いてると思ったんだよね。」
何も言わない俺に焦れたのか、青山は1人で話し始めた。
「気付いたうえで、あえて俺のこと焦らしてるのかと思った。」
「なのに、昨日の言葉から予測すると、全然わかってないよね。亮介ってば。」
俺には青山が今言ってる言葉のがよくわからない。
俺が、何をわかってないって?
顔をあげると、青山が少しむくれた様に口をとがらせてた。
「俺はかなりアプローチしてたつもりだったんだけど。」
あぷろーち?
「俺、亮介が好きだよ。」
は?
「ほら、全然知らなかったって顔してるしー。」
目を見開いて固まると、青山が苦笑した。
「鈍いね、まぁそんなところも好きだよ。」
俺はなんて言えば良いのか分からず、ただ口をパクパクと動かした。
青山は楽しそうに笑いながら、俺に顔を寄せてくる。
「だからさ、昨日の言葉本気だと、俺、結構傷ついちゃうんだけど?」
俺が撤回するとわかりきった上で茶目っけたっぷりにそう言われ、俺は
「・・・・。」
やっぱり言葉を失ったままだった。
けど、だんだんと熱くなる頬と早くなる鼓動はとっくに答えをだしていたんだ。
最初から目を付けてたんだ。
おとなしそうで、でも、綺麗な子だって。
学部も違うのに、名前を知ってるなんて変だと思わなかった?
あの日、男と二人で居る亮介を見たときは腹の中にぞわりと黒い物が溜まった。
まるで自分の物の様に亮介の肩を抱く男の腕を引き千切ってやりたかった。
ああいう場面で知り合いに声をかけるって、普通はタブーだよね。
でも、俺はあえて亮介の名前を呼んだ。
亮介はいつも一人で、孤独で、可哀想な子だから俺が笑顔で話しかければすぐにコロリとこの手の中に落ちてくると思ってた。
けれど亮介はなかなか強情だった。
俺を拒否するでも、受け入れるでもなく、まるで柳の葉のようにサラサラと揺れてる。
控えめの笑みと、今時珍しいくらい優しい擦れてない性格に、俺の方がすぐに落ちた。
全身で好きだと叫んでるつもりだったから、亮介は気付いてて、でもまだ俺を受け入れる準備が出来てないから俺の思いを受け流してるんだと思ってた。
だから、やっと飲みに応じてくれたときは幸せだったんだ。
あの店は俺の知り合いがバイトしてるから頼んで亮介の飲み物には少しアルコールが強い酒を混ぜて貰ってた。
酔わせて、上手くいけばパックリ食べちゃいたかったから。
既成事実さえ作っちゃえば後はなんとかなると思ってさ。
まぁ、上手くいかなかったんだけど。
それどころか痛い言葉を頂いて、傷心だった。
でも、ベンチで無防備に眠る亮介を見て、思ったんだ。
やっぱり欲しいなぁ、って。
赤くなって「ぅ、あ…。」とうろたえる亮介を見て、俺はにっこりと笑う。
「突然ごめんな。でも、前向きに考えてくれると嬉しい。」
好青年ぶって、そんなこと言う。
逃す気なんてサラサラないくせに。
知らぬが仏。