知らぬが仏
最初から勝負にもなりやしない。
俺は男だし、可愛げも無いし、顔も十人並みで、素直じゃないし、口も悪けりゃ、愛想も無い。
「えっ、マナってば青山くんが好きだったの〜!?」
大学のカフェテリアで1人でうどんをすすっていた俺の耳に、そんな声が飛び込んできた。
思わずピクリと反応した自分の身体に忌々しげに舌打ちして、残りのうどんをほとんどがぶ飲みする勢いで食い終わらす。
ガタンッと席を立つと同時に、「あっ」と焦った声が聞こえた。
見ると、トレーにカレーを乗せた男が俺を見て苦笑していた。
「なんだよ、一緒に食べようと思ってたのに。亮介ってばもう食べ終わっちゃったのか…。」
斜め後ろに座っていたさっきまでキャァキャァ騒いでた女たちが、一瞬にして鎮まる。
それもそのはず。
コイツこそ噂されてた『青山』だからだ。
「ああ。」
「な、俺も急いで食うからさ。まだ此処にいろよ。次、確か講義無かっただろ?」
「…本読みたいから。」
それだけ言って俺はその場を離れた。
すぐに後ろの方で青山は女子に声をかけられていた。
青山優(あおやますぐる)
は、俺たちの大学では結構な有名人だ。
まず、背が高い、顔が良い、性格も良い、そして、勉強もスポーツも出来る。
まぁ、たいてい学校に1人は居る、モテる完璧な男と言う奴だ。
俺だって青山の名前と顔は知っていた。
だけど俺たちは学部が違うし、向こうは俺を知るはずもない。
そんな余裕が俺の首を絞めた。
『…佐伯?』
そのテの店で男と一緒に出てきたところを運悪く青山に見られた。
だけど、同じ大学の奴だと知られてるとは思わなかったし、ましてや名前まで呼ばれるとは思わなかった。
いっそ、無視出来れば良かったのに、余りに突然呼ばれたため俺は反応してしまった。
俺は振り向いて、目を見開いた。
そこには青山が綺麗めな男と二人で居たから。
青山は青山で『やっぱり、佐伯亮介だっ。』なんて嬉しげにわざわざフルネームで呼んでくれやがった。
次の日、大学内で声掛けられて『お仲間だったんだな。』なんて言われたときの惨めさったらない。
何が仲間なもんか。
こっちは知られたくなくて必死にひた隠しにして生きてんのに。
それから青山は同じ性癖である俺に妙に懐いた。
中庭のベンチに座って、音楽を聴きながら本を開く。
別にもともと本が好きだったわけじゃない。性癖のことでまともに友人関係を築けない俺の逃げ場所が本だっただけで。
空想の物語が好きだった。
こてこてのファンタジー、竜とか魔法使いとかそんなんが出てくるやつ。
俺が生きるこの現実世界からいつも逃げ出したくて。
文字が陰る。影が出来たせいだ。
顔をあげると青山がにっこり笑っていた。
「やっぱり此処に居た。」
俺は内心うんざりしながらヘッドホンを外して聞く。
「飯、食ったの?早いね。」
「だって亮介が先行っちゃうから。」
別に一緒に居る約束もしてないだろ、と、心の中でつっこむ。
俺の隣に座って青山は今日何があったか俺に話して聞かせる。
俺は薄く笑いながら適当な相槌を返す。
いつだって青山の日常はキラキラしてる。
友人も多い、笑いがあって、希望に満ち溢れてる。
俺がただ毎日を無駄に過ごすのとはわけが違う。
「な、最悪だろ。そいつ!」
青山はニカッと笑う。
俺は苦笑した。
「ははっ、確かに面白いけど『最悪』なんて言うなよ。体張って笑い取るなんて良い奴じゃん。」
青山は笑みをひっこめて俺をマジマジと見る。
「…何?」
居心地が悪くなってそう言うと「んーん、なんでもない。」と青山は微笑んだ。
「な、今度飲みに行こうぜ?」
「…悪いけど。」
青山はいつもこんな風に俺を誘う。
俺が毎回断ってるのに、だ。
「酒弱いんなら飲まなくて良いからさ。」
「…別に、弱いわけじゃ…。」
「じゃ、いいじゃん。な?」
この、自分が嫌われてるから断られてる、なんて思いもしない態度が苛立つ。
「俺なんかと飲んでも楽しくないよ、きっと。」
「んなわけ無いって!」
俺がお前と飲んでも楽しくないって言ってるんだ、この馬鹿。
「なぁ、亮介。一回くらい、良いだろ?」
この男は頼みごとがあるとこうやって大真面目な顔で俺を見る。
狙ってやってるとしか思えない、この表情。
「…今度、な。」
行く気なんてこれっぽっちも無いのに、思わずそう言ってしまった自分を今は悔やむ。
俺は男だし、可愛げも無いし、顔も十人並みで、素直じゃないし、口も悪けりゃ、愛想も無い。
「えっ、マナってば青山くんが好きだったの〜!?」
大学のカフェテリアで1人でうどんをすすっていた俺の耳に、そんな声が飛び込んできた。
思わずピクリと反応した自分の身体に忌々しげに舌打ちして、残りのうどんをほとんどがぶ飲みする勢いで食い終わらす。
ガタンッと席を立つと同時に、「あっ」と焦った声が聞こえた。
見ると、トレーにカレーを乗せた男が俺を見て苦笑していた。
「なんだよ、一緒に食べようと思ってたのに。亮介ってばもう食べ終わっちゃったのか…。」
斜め後ろに座っていたさっきまでキャァキャァ騒いでた女たちが、一瞬にして鎮まる。
それもそのはず。
コイツこそ噂されてた『青山』だからだ。
「ああ。」
「な、俺も急いで食うからさ。まだ此処にいろよ。次、確か講義無かっただろ?」
「…本読みたいから。」
それだけ言って俺はその場を離れた。
すぐに後ろの方で青山は女子に声をかけられていた。
青山優(あおやますぐる)
は、俺たちの大学では結構な有名人だ。
まず、背が高い、顔が良い、性格も良い、そして、勉強もスポーツも出来る。
まぁ、たいてい学校に1人は居る、モテる完璧な男と言う奴だ。
俺だって青山の名前と顔は知っていた。
だけど俺たちは学部が違うし、向こうは俺を知るはずもない。
そんな余裕が俺の首を絞めた。
『…佐伯?』
そのテの店で男と一緒に出てきたところを運悪く青山に見られた。
だけど、同じ大学の奴だと知られてるとは思わなかったし、ましてや名前まで呼ばれるとは思わなかった。
いっそ、無視出来れば良かったのに、余りに突然呼ばれたため俺は反応してしまった。
俺は振り向いて、目を見開いた。
そこには青山が綺麗めな男と二人で居たから。
青山は青山で『やっぱり、佐伯亮介だっ。』なんて嬉しげにわざわざフルネームで呼んでくれやがった。
次の日、大学内で声掛けられて『お仲間だったんだな。』なんて言われたときの惨めさったらない。
何が仲間なもんか。
こっちは知られたくなくて必死にひた隠しにして生きてんのに。
それから青山は同じ性癖である俺に妙に懐いた。
中庭のベンチに座って、音楽を聴きながら本を開く。
別にもともと本が好きだったわけじゃない。性癖のことでまともに友人関係を築けない俺の逃げ場所が本だっただけで。
空想の物語が好きだった。
こてこてのファンタジー、竜とか魔法使いとかそんなんが出てくるやつ。
俺が生きるこの現実世界からいつも逃げ出したくて。
文字が陰る。影が出来たせいだ。
顔をあげると青山がにっこり笑っていた。
「やっぱり此処に居た。」
俺は内心うんざりしながらヘッドホンを外して聞く。
「飯、食ったの?早いね。」
「だって亮介が先行っちゃうから。」
別に一緒に居る約束もしてないだろ、と、心の中でつっこむ。
俺の隣に座って青山は今日何があったか俺に話して聞かせる。
俺は薄く笑いながら適当な相槌を返す。
いつだって青山の日常はキラキラしてる。
友人も多い、笑いがあって、希望に満ち溢れてる。
俺がただ毎日を無駄に過ごすのとはわけが違う。
「な、最悪だろ。そいつ!」
青山はニカッと笑う。
俺は苦笑した。
「ははっ、確かに面白いけど『最悪』なんて言うなよ。体張って笑い取るなんて良い奴じゃん。」
青山は笑みをひっこめて俺をマジマジと見る。
「…何?」
居心地が悪くなってそう言うと「んーん、なんでもない。」と青山は微笑んだ。
「な、今度飲みに行こうぜ?」
「…悪いけど。」
青山はいつもこんな風に俺を誘う。
俺が毎回断ってるのに、だ。
「酒弱いんなら飲まなくて良いからさ。」
「…別に、弱いわけじゃ…。」
「じゃ、いいじゃん。な?」
この、自分が嫌われてるから断られてる、なんて思いもしない態度が苛立つ。
「俺なんかと飲んでも楽しくないよ、きっと。」
「んなわけ無いって!」
俺がお前と飲んでも楽しくないって言ってるんだ、この馬鹿。
「なぁ、亮介。一回くらい、良いだろ?」
この男は頼みごとがあるとこうやって大真面目な顔で俺を見る。
狙ってやってるとしか思えない、この表情。
「…今度、な。」
行く気なんてこれっぽっちも無いのに、思わずそう言ってしまった自分を今は悔やむ。