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定義

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時間の定義



 自殺者が私にこう告白した。
「いつの間にか「シ」という音が俺の全身に転移していった。初めはこの「シ」は「詩」なんだとか「史」なんだとか思おうとしたが、そのような思念の枝分かれ・芽吹きを斬り落として、「シ」は紛れもなく「死」という概念、つまりきわめて聡明な盗人と共犯していった。俺は暗闇を好むようになった。わざと街灯のない路地までいってそこに座り込んだり、電気を消した部屋の中で血液まで暗くなることを望んだり、昼間でもカーテンを閉め切ってあらゆる闇を集めようとした。俺は十分に闇を凝縮し、そこから滴る握力で自殺を決意した。そのとたん、俺の中からあらゆる闇が流れ出し、均一な世界の中で俺は完全な光と化した。人生は美しくなければならぬ。美しくあるためには人工的・作品的でなければならぬ。俺は自殺によって俺の人生を一個の作品としたのだ。」
 私はこう応えた。
「あなたには忘れてしまった時間がある。初めて親の涙を見て、悲しみの構造に巻き込まれて逡巡していた時間。山の頂上で草の上に横になり、ただ熱情だけで体が限りなく破壊されまた癒されていた時間。人と愛し合い、空からの呼び声にいつでも承諾していた時間。これらの時間が十分に重なり合い成熟していれば、あなたの闇は時間により希釈されたはずだ。必要なのは作品ではない。時間だ。時間の代え難い抱擁だ。」

 田島清と初めて会ったのは学生会館のホールだった。大学の文芸サークルの初めての会合のときだった。田島は、静かな異物として、周りの人間すべてにとって他人であろうと雰囲気を押し殺しながら、それでも、燃え広がる刃物として、誰か他人でない人を探そうとする挙動を鋭く見え隠れさせていた。だらしなく伸びた髪、年寄りじみた眼鏡、神経質な空気、それらすべてが、真剣な猫のように幼く、陽を誘う船のように希望に満ちて、塗布される消毒液のように文学による浄化を求めている、田島の一個の人格と肖像と世界とを私の中に発生させた。「はじめまして。」
 田島と私は、真摯さや友愛の点において共通の回路を抱き、夢幻やもろさの点において不足する色素を与えあい、情熱や固執の点において境界を確定して譲らなかった。いずれにせよ私たちは人格の外側にある空白において互いに補い合い、親友となっていった。だが、サークル内部の分裂で私たちは対立し、私はサークルをやめてしまった。
 それから五年が経った。私は就職し結婚した。あるとき私は急激な創作の発作に襲われ、その余波で田島に手紙を書いた。その手紙は過去を清算する意味で「はじめまして」で始まった。初めて会った時の「はじめまして」と、この手紙の「はじめまして」の間に、時間は存在しただろうか。確かに五年という空間化された時間はある。だが私は、そこに時間は存在しなかったと信じている。この手紙で私は田島清と初めて出会うのだ。

作品名:定義 作家名:Beamte