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I Love You

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 しかし、アパートに帰ってから彼女に同僚から聴いた話を話してみると、彼女は聴き終わった後、非常に長い間沈黙し、俯いていたが、突然僕の両手を取り、顔を上げて微笑み、興奮気味にこう言った。
「私達もその“ロケット”に乗って、この星を出ましょう? だって、貴方と私の願いは、“身分制度も争いも無い自由な世界で幸せな生涯を全うすること”でしょう?? だからお願い、この際、もう1つのロケットに搭乗する反社会主義派の死刑囚のことなんて気にかけないで、私達は私達の夢を叶えましょうよ!!」
 僕には彼女に返す言葉がなかった。何故なら彼女の意見は至極「真っ当」だったからである。彼女は嬉しさのあまりか、涙をぽろぽろぽろぽろ僕の手の甲に落としていた。僕は彼女の美しい瞳を見つめていると、胸の奥から熱い希望が込み上げてきて、彼女との幸せな日々を想像すると、彼女の手を強く握り返して何度も頷き、ようやく言葉が溢れてきた。
「うん」

 ロケット発射の当日、この3カ月の間に、我が国が建設した宇宙ステーションに、夕方頃、警察庁の黒塗りの車が止まり、中から2人の警官の間に挟まれた、黒い布を被せられた男が出てきた。その男はそのまま先に発射されるロケットの中へ入って行き、少しした後、2人の警官が出てきて、扉が閉められた。
 僕達社会主義派の人間が、この罪人の星となった地球上から初めて宇宙へ飛び立つということもあって、社会主義派の国々から大勢のマスコミやお偉いさんがやって来ていて、大規模な記念パーティーが開かれていた。僕達ロケットの乗組員は、各国の王や政治家達から祝福され、「君達こそが我等社会主義派の新芽となり、月国家との交流の橋渡しとなるのだ!!」等と、この国の王様から激励の言葉を貰い、酒が少し入っていたこともあったが、気持ちは最高潮であった。

 やがて日付けが変わると、いよいよ発射式の時間となった。人工衛星に電磁波を与え、犠牲になる第1号基のロケットの発射スイッチは、この国の王様が押すこととなっていた。僕達第2号基のロケットの乗組員達も宇宙服に着替え、そろそろ第2号基に乗り込まなければならなかった。僕は彼女が宇宙服に着替える部屋の前で彼女を待っていると、扉が開き、彼女はとても申し訳なさそうな表情をしてこう言った。
「少しお腹の具合が悪いの。悪いけど、私より先にロケットに搭乗していてくれない?」
 僕は笑顔でうん、と頷き、部屋の扉が閉まると、一足先に第2号基のコクピットへ乗り込んだ。

 彼女はそれから暫くしてやって来た。宇宙服には彼女の名前が刺繍されている。「具合、大丈夫?」と訊ねたが、ヘルメットを被り表情の見えない彼女は僕の問いには答えず、少しコクピット内で立ち尽くしていて、目の前の第1号基のロケットをずっと見つめていた。コクピット内に宇宙ステーションからの女性のアナウンスが入り、「搭乗員の皆さん13名は、直ちに座席にお座り下さい」と聞こえると、彼女は少し俯いた状態のまま、僕の隣の座席に座った。まだお腹の具合が悪いのだろうか。

 コクピットの中は、様々な機械の音で充満していたが、その音をも掻き消すような地上の人々の歓声が聞こえてきた。
 宇宙ステーションからアナウンスが入った。
「只今より、第1号基の発射カウントダウンを始めます。第2号基の皆さんは、第1号基が発射してから10秒後に発射して下さい」
 アナウンスは遂に第1号基の発射カウントダウンを始めた。外の世界の観衆もアナウンスのカウントダウンに合わせて、3分前から数え始めた。
 カウントが100秒を切った頃からだろうか、隣の彼女の体がぶるぶると震え出して、僕が、「どうかしたの?」と声を掛けると、突然彼女はヘルメットを脱ぎ、僕の瞳を見つめた。
 それは彼女の父親の顔だった。いや、顔だけではなく、体も、止め処なく流している涙も全て、あの彼女の父親のものだった。僕は一瞬思考が停止し、頭の中がぐるぐると回転して此処が「現実」かそれとも、「空想」の世界なのか区別が付かなかった。周りの乗組員も彼女の父親に気付くと悲鳴を上げ、コクピット内はパニック状態になった。
 僕は彼の濡れた赤い瞳を見つめていると、ようやく思考できるようになり、僕の中にある彼の記憶を辿った。そしてようやく悟った。カウントダウンは既に10秒を切っている。僕はコクピットの目の前まで走り、前のめりになって第1号基のロケットに通信を切り替えて、マイクに向かって大声で叫んだ。
「…おい!! おい!! 其処に乗っているのは“君”だろう?!」
 僕は第1号基のロケットに何度も何度も同じ言葉を繰り返した。コクピット内は、驚嘆の声が上がり、更に混乱を極めた。
 少し間があって、第1号基から応答があった。
「…ごめんなさい……。こうするしか貴方に御詫びをすることができなかったの…。貴方と出会ってからずっと心に秘めていた罪悪感、父が貴方の両親を殺したということ…。貴方から今回の話を聴いた時にこのロケットに乗せられる死刑囚が“父”だということに気付いたの。父は貴方に謝罪する為に“わざと”この国に密入国して、ロケットに乗って犠牲になろうとしたのよ。でも、本当は、私の命を守る為に貴方の両親を殺害せざるを得なかったの。父も貴方や私と同じ社会主義派だった…。でも、私の命を守る為に…」
 地上を見下ろしてみると、国王が第1号基の発射スイッチを押す為に前に進み出ていた。僕は咄嗟に外界にある無数のスピーカーに通信を切り替えて、
「止めろ!!!!」
 と絶叫したが、僕の叫び声が外界の人間達に伝わる前に国王は第1号基の発射スイッチを押し、第1号基のロケットは激しい炎と煙を吐いて瞬く間に空に吸い込まれていった。
 僕はもう1度第1号基に通信を切り替え、同時に、このロケットの発射スイッチを押すと、マイクを握り締めたまま激しい地球の引力に引っ張られ、コクピットの出入り口まで吹き飛び、扉に全身を叩き付けた。それでも僕はマイクだけは手放さなかった。
 僕の乗っているロケットはもの凄い速さで夜空を駆け昇り、燃料を使い切ったパーツがどんどん解体されていき、やがてロケット1本だけとなった。
 僕はマイクで彼女に何度も応答を求めた。しかし全く返事は返ってこなかった。あっという間に上空の第1号基は大気圏を突き抜け、それを追い掛ける形で僕のロケットはどんどん加速していった。僕は肩を落とし、首を垂れて絶望に苛まれていると、突然彼女の乗っている第1号基から通信が入った。
作品名:I Love You 作家名:丸山雅史