I Love You
「…大気圏を抜けて宇宙に出たわ…。なんて美しいんでしょう、宇宙って。もし今度生まれ変わる時には、貴方と『ファースト・ユニヴァース』をわざわざ出なくても幸せな日々を送れるような世界に生まれたいな。きっと子宝にもたくさん恵まれて、争い事の無い『地球』で人生を送るのよ。…でも自殺する人間はそんな幸せな『世界』に生まれ変わることができないかもしれないわね。譬えその自殺が、愛する人への謝罪や幸せを願う為のものだとしても…。けど、いいの。この4年間、貴方と最高に幸せな生活を送れたんだもの。本当はそんな幸せは誰にも認められないものだったのだから。…本当にごめんね…。こんな私の分まで、貴方は幸せになって…。それと私の父を、許してあげて。そして父の残り少ない人生を貴方に見届けてもらって欲しいの。この暗黒の、『ファースト・ユニヴァース』を超えた先にある、“天国のような世界”で。今まで本当に優しくしてくれて有り難う…、そしてさようなら……」
「…おい!! おい!! おーい!!」
そこで彼女との通信は途絶えた。僕の第2号基が大気圏を抜けると、遥か彼方に球体の形をした人工衛星の間近に、彼女が彼女の父親に成りすませて1人で乗り込んだ第1号基が停止しており、強力な電磁波で人工衛星の動きを止めていた。僕は無重力空間となった、他の乗組員達が先程の衝撃で気絶しているコクピット内を移動し、操縦席で手動運転に切り替えようと複雑な機械を操作したが、全く変化は見られなかった。そうこうしているうちに第2号基は人工衛星と彼女の乗っている第1号基を通過し、宇宙空間を突き進んでいった。僕はロケットの最後尾のカメラを画面に映し、拡大して見てみると、電磁波を放出している第1号基に別の人工衛星が近付いて来て、ミサイルを発射し、第1号基は大爆発した。僕は彼女の名前を叫びながら画面に顔を近付け、大量の涙の滴を落とし、次第に遠ざかっていく現実を、心が壊れるのではないかと胸が痛む程、直視し続け、言葉にならない声を上げて絶叫した。
数日後、僕達は月に着陸するや否や、歓迎されるどころか、月の国の兵士達に拘束され、月の統一国家の宮殿の地下深くに幽閉された。散々取り調べを受け、それに抵抗した彼女の父親と僕を除く11人は皆、処刑されて死んでしまった。僕達は、結局は祖国の国王の実験台に過ぎなかったのだ。僕は彼女が身代わりとなって僕の夢の“架け橋”となってくれたことと、本当の現実とのギャップで頭が混乱寸前となったが、取り調べで、半分植物人間のような彼女の父親のことを、“自分の父親です”と嘘をつき、牢屋に入れられている時も懸命に彼女の父親の看病をしていることが月の国の王に認められ、死刑を免れられたどころか、6年の刑期で済むこととなった。6年後、25歳となった僕は、彼女の父親と共に牢獄を出て、無表情の彼の介護をしながら、ありとあらゆるジャンルの仕事をこなした。
僕が30歳になった頃、突然彼女の父親の体調が悪化し、余命数カ月の診断を受けた。僕は彼女との約束を忘れていなかった。僕はこの5年間で蓄えたお金で小さな宇宙船を購入し、「ファースト・ユニヴァース」を出て、「世界」へ旅立つ決意をした。
宇宙船に寝たきりの彼を乗せ、必要な荷物を載せ、僕は月を飛び立った。
光よりも遥かに速いスピードで、僕達は「ファースト・ユニヴァース」を抜け出した。
そこは光に満ち溢れた「世界」だった。数え切れない程の数の緑と青に満ちた恒星の周りを、月のような大きさの太陽がぐるぐると回っており、その向こうには、幾つもの黒点があった。
「すごい景色だ。あの黒点は『ファースト・ユニヴァース』とは別の宇宙なんだね」
そう彼女の父親の上体を介護用ベッドから起こして黒点に指を指すと、微かにだが、彼は僕の前で初めて笑みを浮かべた。
僕達はとある恒星に着陸し、新しいバリアフリーの整った住宅を探している途中、突然彼女の父親の容態が悪くなり、すぐさま空飛ぶ救急車に乗って、総合病院に運ばれた。しかし既に時は遅く、彼はその病院で息を引き取った。
海の眺められる丘の上の墓地に彼女の父親の遺体は埋められた。僕は夕日の沈む海原を眺めながら、この先の人生についてのことと、彼女のことを考えていた。これからどう生きていこうか。彼女は、“もし今度生まれ変わる時には、貴方と「ファースト・ユニヴァース」をわざわざ出なくても幸せな日々を送れるような世界に生まれたいな”と最後に僕に言った。僕自身も、幼い頃に働いた罪を償いたかった。僕が、もし、彼女の父親に「復讐」等という馬鹿げたことを実行に移さなければ、彼女は自殺すること等なかったはずだし、彼女の父親も自殺未遂を働いて半植物人間になることはなかった。僕は悩みに悩んだ挙句、仏教の道へ進むことにした。その道に進むことで、彼女と来世再び巡り逢える等という輪廻の考えはまだ鵜呑みにできなかったが、少しでも自分の罪を清算することができるのではないかと思ったからである。僕は頭の毛を剃り、日々仏の教えを勉強し、少しずつ己の罪過を浄化させていった。1日の務めが終わると、必ず彼女の父親の隣に建てた彼女の墓、2つにお参りをし、夕日に向かって、両手を合わせ、2人への想いを笑みに変え、昔、彼女の為に創った詩を暗唱するのである。
了 2009年 8月
作品名:I Love You 作家名:丸山雅史