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24歳の原点

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「彼女の死んだあの森の奥深くで首を吊るんだ。愛する彼女を失って傷付いた心は宇宙の膨張で亀裂が入り始めている。僕の耳の奥でその、めりめりめり…、っていう音がさっきから鳴っているんだ。さっきも話したけど、今日の終わりまでが僕の心のタイムリミットなんだよ」
「…君が本当は僕の心が内包する宇宙“そのもの”なんじゃないのか? そしていざ君が首を吊り始めた瞬間に君の存在は消え、“僕”がいつの間にか自殺していることになっているんじゃないのか? 君は本当は僕の分身、いや、僕の“心の弱さそのもの”だろ?」
 窓ガラスに映る僕は救いようのない悲しみが蓄積して今にも窒息しそうな青白い顔をして、僕を恨めしそうに見つめていたが、僕が正気に戻り、目の前の悪魔のような笑みを浮かべている僕は、誰もが怒りを込み上げるような視線で僕を見下していた。宇宙の無い広大無辺な「世界」の下、人々は「スクランブル交差点」を各々の向かう目的地へと、すたすたと歩いて行っている。僕は溢れ出す怒りを堪え、目の前の僕を十分に睨みつけてから、僕にこう言った。
「カウンターへ移ろうか。色んな重大な事柄を“神様”にも聴いてもらいたいんだ。それにお前が恐れている神様の前で、お前のねじ曲がった性格を叩き直してもらう為にね」
「僕は君自身なんだ。君がこの世界に生まれた瞬間から、君に纏わりついてきた悪の心を持った悪魔なんだ。僕が死ねば君も必然的に死ぬ。しかし君が先に死んでも、僕は生き続ける。先代のマスター、いや、先代の神を殺した神の悪魔が、君を自殺に追い込んだ褒美として、約束してくれた条件なんだ。僕はあの憎たらしい神を殺して、この世界を思うがままにするんだ。それが、“本当の”、僕の生きる意味なんだ。本当は恋人を自殺で失って彼女の後を追うような考えは僕の思考回路に存在しない。…、いいさ。今日で僕の命は終わりだけど、必ずや明日までに君を自殺に追い込み、神を抹殺してやる。カウンターへ行こうぜ。だが、僕は少し頭を冷やす為にトイレへ行ってくるよ。君は先にアイツの元へ行っていてくれ」
 “悪魔”は立ち上がると、僕を見下ろして鋭い舌打ちをし、ワックスで磨かれたレトロな床を履いているスニーカーでキュッキュッと鳴らしながら、だらだらとした歩き方でトイレへ入って行った。僕は悪魔の行動の一部始終を見届けると、小さな溜め息を吐き、吸い殻を灰皿の上で揉み消し、マスターと視線を合わせて声を掛けた。
「“神様”、カウンターへ移りたいんですけど、いいですか?」
 神様はソーサーを磨きながら微笑み、頷いた。

   2

 お冷やの入ったコップや灰皿等を神様に手伝ってもらってカウンターへ運び終えると、神様は僕達の座っていた窓際の席の上を湿った布巾で拭き始めた。15分程してトイレから悪魔が脳震盪を鎮めるように頭を振りながら出てくると、僕は彼に向って手を上げ、隣の席の回転椅子を指差した。と、同時に、神様もテーブルの片付けが終わったらしく、悪魔とほぼ同時にカウンターへ歩いて来た。その間に神様は悪魔の方を向いて微笑みを浮かべたが、悪魔は神様の顔を視界に入れようともせず、ジーンズのポケットから煙草ケースを出し、それから煙草を摘まんで引き抜き、口に銜えて素早く火を点けると、神様の顔に煙草の煙を吹き掛けた。悪魔はまるで不良の高校生のような精神年齢に見え、神様は彼の悪事の別段注意しない高校教師のように映った。その行為はいつものことで、初めてこのカフェへやって来て悪魔が今のように煙草の煙を神様の顔に吹き掛けた時は心臓が凍り付きそうになったけれど、神様は嫌な表情1つせず、絶えず悪魔に天使のような笑みを浮かべていた。その様子を見て僕は、本当は、神様は内心、悪魔に対して何と思っているのだろうかと、ふと思った。
 神様が先にカウンターの前に立ち、挑発してもいつものように平静を保っている神様に腹が立っているのか、だらだらと歩いてきた悪魔は両拳を固め、怒りを抑えながらわざと軋む音を立てて回転椅子にどかっ、と座った。
「珈琲でも飲むかい?」
 神様は僕達に訊いた。
「…いえ、結構です…。喉、渇いていませんし…。それに、僕達の全財産は、コイツが頼んだ珈琲代で無くなってしまうものですから」
「今日は珈琲代、タダでいいよ。君は珈琲、飲みたくないかい?」
 神様は口の両端を軽く上げて僕の隣の悪魔に訊ねた。
「アンタの淹れた珈琲は旨くも無ければ不味くもない、まぁ、はっきり言ってしまえば中途半端な代物だけれど、ちょうど眠たかったんだ。タダなら飲んでやってもいいけど」
「分かった。珈琲を1杯ね」
 神様は悪魔に向かって軽くウインクをすると、使い込まれた外観のコーヒーメーカーの1番上の蓋を開け、其処にプラスチックの容器に入れた1Lあまりの水を注ぐと、柱に設置された、店内の天井の換気扇の電源を入れ、ガラスの入れ物に湯気を立てた珈琲が溜まったのを知ると、背後の棚から珈琲カップとソーサーとスプーンを用意し、カップに熱々の珈琲を注ぎ、悪魔の目の前にゆっくりと置いた。
「お待ちどおさま」
 悪魔は目の前に置かれた珈琲の表面をじっと見つめていた。そしてそれから少しして角砂糖2つとミルクを入れてスプーンで乱暴に掻き回すと、猫舌であったはずの悪魔は熱々の珈琲を一気飲みし、割れるのでは、と思う位の激しい音を立ててソーサーにカップを置いた。
「俺の寿命は今夜までなんだ。それまでにてめぇ等2人を殺さなきゃ生き延びられないし、この世界を我がものにすることだってできないんだ。だが、その解決策が思いつかない。…どうすればいいんだ、ちくしょう!!」
 悪魔は先程と同じように、今度はカウンターを両拳で力強く叩き、こめかみに青筋を浮かべていた。神様と僕が顔を見合わせると、神様は何とも言えない表情を浮かべ、両肩を少し上げてすぐに下げた。僕は悪魔の怒りと恐怖に満ちた横顔を見ていると、次第に慈悲の感情が体の内部から滲み出てきた。
 僕は神様に視線を移して、訴え掛けた。
「神様、どうか、神様のお力で、コイツの寿命、つまり、心の中の宇宙の膨張を止めてあげられませんか? あわよくば、その宇宙を収縮させて頂きたいのですが…」
 僕の願いを聞いた神様は一瞬、目を大きく見開き、そして両手を腰に当てて、顔を少し俯かせ、考え事を始めたように映った。僕の隣の悪魔といえば、彼が予想もしなかったことを僕が発言したことにとても驚いていた。
「お、おい…。俺はお前の“心の闇”につけ込んで自殺に追い込もうとしたんだぜ? そんな俺にどうしてお前は慈悲の心を開いたんだ??」
 僕は悪魔に首を左右にゆっくりと振った。
「お前は確かに僕を自殺に追い込み、自分1人だけのうのうと生きようとした。だがね、お前はその過程で良心ではないにしろ、“自殺した彼女”のことを話してくれただろう? そう、僕もお前も彼女のことを愛していたことを思い出させてくれたんだ。元々は僕とお前は2人で1人だった。けど、彼女が死んでから、僕とお前は2つに分裂してしまった。…気が付いたらね。…あ、あの、神様、お願いします。あなた様のお力で、“もう1人の僕”の寿命を延ばして下さい!! お願いします!!」
作品名:24歳の原点 作家名:丸山雅史