24歳の原点
24歳の原点 作 丸山 雅史
1
僕は僕に訊ねた。
「“人”は死ぬとどうなるんだろう?」
「どういう意味? 具体的に言ってよ」
「だからさ、よく世間で言われているじゃない? “人”は死ぬと天国へ逝くとか地獄へ逝くとか、さ。けどね、僕も君も本当はそんなこと信じちゃいない。そうだろう? 本当は、“人”に限らず、あらゆる生命体は死ぬとどうなるんだろう?」
僕は溜め息を少し吐いた。
「そんなこと、分からないよ。けど、僕はそんな俗説は信じちゃいない。君の言う通りにね。僕達の考えに肯定的な人間はこう言うと思うよ。“確かにその通りだ。しかし、本当のことは、己が死んだ後にしか分からない”ってね」
僕は僕の目をじっと見つめゆっくりと深く頷き、コーヒーカップを持ち上げてそれを口へ運んだ。ガラス張りの向こうには渋谷の「スクランブル交差点」があり、歩行者用信号機が青に変わった瞬間に、人々は自分達の目的の場所へと沈黙したまま進んでいった。僕達人間は死ぬとどうなるのだろう、僕は僕の言葉を反復し、深く思索していた。その森の暗闇奥深くは生温く、僕の心等いとも簡単に喰いちぎり、消化させることができるのだ。しかし“それ”は“只の未知の未来への恐怖の塊”であった。
僕の財布には僕が飲んでいる珈琲代しか残されていなかった。それが全財産であった。僕は切羽詰まられていた。しかし、僕は僕と違って喉も渇いていないし、お腹も空いていなかった。その為、僕はお冷やには一切手をつけなかった。
「僕は小説を書くのはもう止めようと思う」
珈琲を飲み干し、カップをソーサーに置いた僕は言った。
「どうして?」
「だって、小説を幾ら書いたって、僕達の死んだ“彼女”への想いが消えないどころか、ますます深まっていくばかりじゃないか!! もう“嘘”を書き続けるのにはうんざりしたんだよ!!」
繊細で難しい性格の僕は瞳に涙を溜め、椅子から立ち上がって白い材木でできたテーブルの表面を両方の拳で激しく叩いた。店内に客は僕達の他に誰1人としていなかったが、オールバックで、口髭を生やしチョッキを着た店のマスターだけは驚いて一瞬此方を見て手の中の皿を布で拭くのを止めた。店内には音楽はかかっていなかった。その為、僕の声は店内の隅から隅まで響き渡った。僕は胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点けた。“彼女”か…。
「もう、彼女が亡くなってから5年半になるな」
僕は僕に独り言のように呟いた。季節は秋の半ばを通り過ぎていた。今日は11月16日、金曜日だった。そして時刻は午前11時ちょうどだった。僕はヘビースモーカーが愛飲しているようなきつい煙草の濃い煙を吐き、灰を灰皿の上に落とした。外界から、歩行者用信号機の旋律が聞こえてきた。僕は「スクランブル交差点」の上空を見上げた。空は、白濁とした雲に覆われていた。
僕は繊細で難しい性格で、傷付きやすい僕に僕が最初に質問した答えや問いのぼんやりとした輪郭を掴むと、僕に話しかけた。
「“人”は死ぬとどうなるんだろう、っていう君の問いへの返答。それと君が小説を書き続けることで“彼女”への想いがどんどんどんどん深まっていく件について。その2つを統合して同時にそれらの解決方法を君に語ろうと思う。…君だけじゃない。本当は僕自身の問題でもあるんだ。君が僕の感情や記憶の大部分を担っていることについては非常に申し訳ないことだと思っている。だから僕は君が亡くなった彼女について悲しみに暮れていることも、まるで悲劇に関して無神経な観客のように感じてしまうんだと思うんだ。他人行儀な性格なんだね、僕は。まるで君と性格が正反対のようだ。話は戻るけど、おそらく、“人”は死んだら、そこで全てが終わる気がするんだ。記憶も意識も無くなって、それで終わり。至極現実的な考えだと思うんだけど。結論を言うと僕の意見とはそういうことだ。そして亡くなった彼女についての愛は、もう彼女は“死んだ”のだから、その悲しみを乗り越えて、君の人生が終わるまで、新しい女性との出会いと幸せを探した方がいいと思うんだ」
僕の言葉を聴き終えた僕は、急に生気の抜けた人間のように背凭れに背中をくっ付けて、深く俯き、それから途方に暮れた視線を視界の囲いの中で彷徨わせていた。そして沈黙が続いた後、涙を絞り出す為に目を真っ赤にした僕は僕にこう呟いた。
「君に今日、此処で伝えようと思っていたことを言うよ。…僕は、今夜、“死のう”と思うんだ。今まで一心同体で生きてきた君にはとても申し訳ないと思うけれど…、もう生きる意味を失ったんだ。…彼女のようにね。心に秘めた宇宙がちょうど今夜、心を破裂させるんだ。珈琲でそのイライラ感や不安感を誤魔化そう、と思ったけれど、“宇宙に秘められた心”を持つ君のような正常な感情の人間にはなれそうにないんだよ。そう、僕は“自殺”した彼女と同じく、誰にも分かってもらえない個人的な苦しみに堪え切れない、そんな人間なんだよ。人間はね、僕と君のように大きく2種類の人間に分類されて、僕達のなんかの場合は、成長を続ける宇宙が心を破壊してしまうと、もう“人間らしい生き方”で生活していくことができないんだ。自分の意思を操作できなくなるんだ。もうそうなってしまうと、僕達は一体他者に対して何をしてしまうのか分からなくなるんだ」
「だから君はその前に君は“自ら命を絶つ”、って言うのか?」
「そうさ」
「僕はもう、彼女の顔さえも思い出すことができないよ」
「僕ははっきりと覚えているよ。彼女の顔、体型、声、それに様々な表情、全てをね。君が僕の為に彼女の写真やビデオテープを全て燃やした後でさえ、僕は彼女の全てをはっきりと覚えているよ」
僕は僕の話を聴き、話し始める間に、心を包んでいる宇宙の闇が急激に冷えていくのを全身で感じ、両腕と両頬に鳥肌が立ってしまった。無性に温かい飲み物が飲みたくなった。しかし、目の前にあるのは僕が飲み干したコーヒーカップと、お冷やだけだった。僕は突然過去の記憶の断片を思い出し、途端にこの世界のあらゆるものに対して恐怖心を抱いた。僕は前髪を左手で掻き上げ、冷や汗を掻いているおでこを僕に曝け出した。
「君は今、過去の記憶の断片を思い出して、恐怖に駆られただろう?」
「…あぁ」
僕の質問に僕は素直に答えた。
「…僕はその過去の記憶の残りの99%に苛まれて、彼女が死んだ後の5年半を生きてきたんだ。今夜、僕が死ねば、この苦痛から解放される代わりに、今度は君がその苦しみを胸の中に抱いて生きていかけなればならない。そうすれば、君の心は僕の彼女への想いで宇宙よりも大きくなり、いずれ宇宙を内包した心は僕のように破裂するだろう。そして君は…。この世界で重大な過ちを犯し、確実に処刑されてしまうさ」
僕はお冷やを口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。そしてまた話を続けた。
「…だからそうなって苦しまない為にも、君に、“僕と一緒に自殺して欲しい”んだ」
「何だって?」
僕は驚いた声を上げた。
「僕の唯一の親友の為に言っているんだ。“一緒に自殺”しよう。な?」
僕の衝撃的な提案に僕は沈黙せざるを得なかった。
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僕は僕に訊ねた。
「“人”は死ぬとどうなるんだろう?」
「どういう意味? 具体的に言ってよ」
「だからさ、よく世間で言われているじゃない? “人”は死ぬと天国へ逝くとか地獄へ逝くとか、さ。けどね、僕も君も本当はそんなこと信じちゃいない。そうだろう? 本当は、“人”に限らず、あらゆる生命体は死ぬとどうなるんだろう?」
僕は溜め息を少し吐いた。
「そんなこと、分からないよ。けど、僕はそんな俗説は信じちゃいない。君の言う通りにね。僕達の考えに肯定的な人間はこう言うと思うよ。“確かにその通りだ。しかし、本当のことは、己が死んだ後にしか分からない”ってね」
僕は僕の目をじっと見つめゆっくりと深く頷き、コーヒーカップを持ち上げてそれを口へ運んだ。ガラス張りの向こうには渋谷の「スクランブル交差点」があり、歩行者用信号機が青に変わった瞬間に、人々は自分達の目的の場所へと沈黙したまま進んでいった。僕達人間は死ぬとどうなるのだろう、僕は僕の言葉を反復し、深く思索していた。その森の暗闇奥深くは生温く、僕の心等いとも簡単に喰いちぎり、消化させることができるのだ。しかし“それ”は“只の未知の未来への恐怖の塊”であった。
僕の財布には僕が飲んでいる珈琲代しか残されていなかった。それが全財産であった。僕は切羽詰まられていた。しかし、僕は僕と違って喉も渇いていないし、お腹も空いていなかった。その為、僕はお冷やには一切手をつけなかった。
「僕は小説を書くのはもう止めようと思う」
珈琲を飲み干し、カップをソーサーに置いた僕は言った。
「どうして?」
「だって、小説を幾ら書いたって、僕達の死んだ“彼女”への想いが消えないどころか、ますます深まっていくばかりじゃないか!! もう“嘘”を書き続けるのにはうんざりしたんだよ!!」
繊細で難しい性格の僕は瞳に涙を溜め、椅子から立ち上がって白い材木でできたテーブルの表面を両方の拳で激しく叩いた。店内に客は僕達の他に誰1人としていなかったが、オールバックで、口髭を生やしチョッキを着た店のマスターだけは驚いて一瞬此方を見て手の中の皿を布で拭くのを止めた。店内には音楽はかかっていなかった。その為、僕の声は店内の隅から隅まで響き渡った。僕は胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点けた。“彼女”か…。
「もう、彼女が亡くなってから5年半になるな」
僕は僕に独り言のように呟いた。季節は秋の半ばを通り過ぎていた。今日は11月16日、金曜日だった。そして時刻は午前11時ちょうどだった。僕はヘビースモーカーが愛飲しているようなきつい煙草の濃い煙を吐き、灰を灰皿の上に落とした。外界から、歩行者用信号機の旋律が聞こえてきた。僕は「スクランブル交差点」の上空を見上げた。空は、白濁とした雲に覆われていた。
僕は繊細で難しい性格で、傷付きやすい僕に僕が最初に質問した答えや問いのぼんやりとした輪郭を掴むと、僕に話しかけた。
「“人”は死ぬとどうなるんだろう、っていう君の問いへの返答。それと君が小説を書き続けることで“彼女”への想いがどんどんどんどん深まっていく件について。その2つを統合して同時にそれらの解決方法を君に語ろうと思う。…君だけじゃない。本当は僕自身の問題でもあるんだ。君が僕の感情や記憶の大部分を担っていることについては非常に申し訳ないことだと思っている。だから僕は君が亡くなった彼女について悲しみに暮れていることも、まるで悲劇に関して無神経な観客のように感じてしまうんだと思うんだ。他人行儀な性格なんだね、僕は。まるで君と性格が正反対のようだ。話は戻るけど、おそらく、“人”は死んだら、そこで全てが終わる気がするんだ。記憶も意識も無くなって、それで終わり。至極現実的な考えだと思うんだけど。結論を言うと僕の意見とはそういうことだ。そして亡くなった彼女についての愛は、もう彼女は“死んだ”のだから、その悲しみを乗り越えて、君の人生が終わるまで、新しい女性との出会いと幸せを探した方がいいと思うんだ」
僕の言葉を聴き終えた僕は、急に生気の抜けた人間のように背凭れに背中をくっ付けて、深く俯き、それから途方に暮れた視線を視界の囲いの中で彷徨わせていた。そして沈黙が続いた後、涙を絞り出す為に目を真っ赤にした僕は僕にこう呟いた。
「君に今日、此処で伝えようと思っていたことを言うよ。…僕は、今夜、“死のう”と思うんだ。今まで一心同体で生きてきた君にはとても申し訳ないと思うけれど…、もう生きる意味を失ったんだ。…彼女のようにね。心に秘めた宇宙がちょうど今夜、心を破裂させるんだ。珈琲でそのイライラ感や不安感を誤魔化そう、と思ったけれど、“宇宙に秘められた心”を持つ君のような正常な感情の人間にはなれそうにないんだよ。そう、僕は“自殺”した彼女と同じく、誰にも分かってもらえない個人的な苦しみに堪え切れない、そんな人間なんだよ。人間はね、僕と君のように大きく2種類の人間に分類されて、僕達のなんかの場合は、成長を続ける宇宙が心を破壊してしまうと、もう“人間らしい生き方”で生活していくことができないんだ。自分の意思を操作できなくなるんだ。もうそうなってしまうと、僕達は一体他者に対して何をしてしまうのか分からなくなるんだ」
「だから君はその前に君は“自ら命を絶つ”、って言うのか?」
「そうさ」
「僕はもう、彼女の顔さえも思い出すことができないよ」
「僕ははっきりと覚えているよ。彼女の顔、体型、声、それに様々な表情、全てをね。君が僕の為に彼女の写真やビデオテープを全て燃やした後でさえ、僕は彼女の全てをはっきりと覚えているよ」
僕は僕の話を聴き、話し始める間に、心を包んでいる宇宙の闇が急激に冷えていくのを全身で感じ、両腕と両頬に鳥肌が立ってしまった。無性に温かい飲み物が飲みたくなった。しかし、目の前にあるのは僕が飲み干したコーヒーカップと、お冷やだけだった。僕は突然過去の記憶の断片を思い出し、途端にこの世界のあらゆるものに対して恐怖心を抱いた。僕は前髪を左手で掻き上げ、冷や汗を掻いているおでこを僕に曝け出した。
「君は今、過去の記憶の断片を思い出して、恐怖に駆られただろう?」
「…あぁ」
僕の質問に僕は素直に答えた。
「…僕はその過去の記憶の残りの99%に苛まれて、彼女が死んだ後の5年半を生きてきたんだ。今夜、僕が死ねば、この苦痛から解放される代わりに、今度は君がその苦しみを胸の中に抱いて生きていかけなればならない。そうすれば、君の心は僕の彼女への想いで宇宙よりも大きくなり、いずれ宇宙を内包した心は僕のように破裂するだろう。そして君は…。この世界で重大な過ちを犯し、確実に処刑されてしまうさ」
僕はお冷やを口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。そしてまた話を続けた。
「…だからそうなって苦しまない為にも、君に、“僕と一緒に自殺して欲しい”んだ」
「何だって?」
僕は驚いた声を上げた。
「僕の唯一の親友の為に言っているんだ。“一緒に自殺”しよう。な?」
僕の衝撃的な提案に僕は沈黙せざるを得なかった。