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地球の眠り

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二人は吃驚して同時にキョロキョロ周りを見回し、上空を見上げた。僕(藤
川周 以下僕)は思わずはっ、として赤面し、彼らの目と鼻の先まで顔を近付
けた。彼らには僕の姿は見えないようだった。

「誰? もしかしてこの物語の作者? 文芸界新人賞って小説の新人賞のこと
かい?」主人公は尋ねた。


僕は今まで無言で通してきたことや微かな羞恥心の為、なかなか言葉が出な
かった。僕が彼らの目の前にいることにまだ気付いていなく(僕がこの物語に
存在することなどは絶対有り得ないことなのだ)、僕は口を.し開けたまま二
人を見比べたが、どう見ても主人公と現実の僕の見分けが付かなかった。辛う
じてもしかして言葉を発したのは右側の僕かなと、たったさっきの記憶の欠片
を思い出して推測し、

「うん、その通りだよ」と僕は答えた。

「文芸界新人賞って君は小説家を目指しているのかい? 僕等の世界ではそん
な文芸の新人賞、無いな」声の出が聞こえる方向に目を見据えて現実の僕は僕
の視線を的確に把握し、少し睨み付けるようにして言った。僕は心の裏側まで
見透かされたような気がしてドキッとし、すっかり彼らのムードに飲み込まれ
てしまった。

「僕達からは君の姿が見えないけどやっぱりそれはこの物語の作者だからか
な? でも声は聞こえるんだね? …ということは僕達の今までの言動を全て
把握しているの?」主人公も僕の視線の中心を見て質問してきた。

僕は彼らに腹を割って正直に話すことにして小さな溜め息を吐き、こう答え
た。

「…うん、それもその通りだよ。僕は君達のことを全て把握しているつもりさ。
なんせこの夢は僕の想像の世界のものだからね。左側に座っている現実の僕の
夢の中で夢を見ている君が物語を進めるという設定なんだ。複雑なストーリー
にして悪かったよ。でもどうしてもこういう筋書きしか僕には書けなかった。
心(脳)が求め続けているのは永遠なんだ。僕の現実世界では永遠に満たされ
ている小説を書くということでしか永遠を手にいれられなかったのさ。そして
僕はこの物語の始めに、主人公である君に大人になることを拒ませ、苦悩させ
ておいて、飛び降り自殺を図らせた。でも君は末当は隣にいる彼の夢の中で生
まれており、君が生きて考えてきたことは全て僕が設定したものだったんだ。
さっき君(現実の僕)が君に言った事は全て当たっているよ。全てストーリー
を面白く進める為にしたことなんだ」

「全てストーリーを面白くする為にしたことだと? それじゃあ僕は君が物語
を面白くさせる為に統合失調症になり、心臓の病気にさせられ、移植手術した
のか?」現実の僕は急に顔を真っ赤にして怒鳴り口調で叫んだ。僕は反射的に
パソコンのデスクトップから顔を離し怯んだ。

暫くの間沈黙が流れた。それは時間が停止しているこの夢の世界の化けの皮
をいくら剥いでも、全く変化の無いものだった。

「…僕がどれ程この人生で苦しんできたか君には分かるか? …君はただ単に
小説を書く為に僕等を生み出しただけかもしれない。だけど、きっと僕等とは


別の次元に存在する君は、物語の始まりが始まりではなくて、君のいる世界と
同じように、この世界だって何百億年もかかって今の姿を成立させたことを理
解していない。君にとってはたった四百字詰め原稿用紙百枚程度のことかもし
れない。けれど、僕達にしてみれば、君のやっていることは、僕等の世界を破
壊していることと同じ事なんだ」現実の僕は更に続けた。「…この物語は後ど
の位で終わるんだ? 最後に、僕達は一体どうなるんだ?」

僕は現実の僕に説き伏せられて、すっかり意気消沈してしまった。物書き(ま
だご飯を食べていけないけれど)の誰がこんなに自分の小説の中の登場人物に、
責められるのだろう? 僕自身、この物語がこんな展開を見せるとは思っても
いなかった(末音を言えばちょっとは予測していたというのも嘘ではないのだ
が)。

「…確かに、どんな物語の作者でも、その物語を自在に変化させることができ
る。これは、作者の特権と言うより、至極当たり前のことなんだ。僕は君の思
っているように、登場人物の気持ちなんて考えていなかった。君等にはこの物
語が終わった後もきっと、読者達の想像の世界で生き続けるよ。もちろんこの
物語を書き終わった後の僕の中でもね。だから安心して。…この物語がどう終
わるかについては、ほんと正直に言うと何も考えていない。でも.なくとも悪
いようにするつもりはない。だから全てはこの世界に安心して身を任せてくれ、
としか言えない」

「…僕が愛している女性は君の愛している女性なの? 君も見たでしょう?
僕の耳の水を抜いてくれた女性を」とふいに主人公は言った。

それに答えるのに暫く沈黙が流れた。僕(以下僕)が今でも愛している女性
…この物語では君(以下君)と表現したが、今また君を思い出すだけでずきり
と胸が痛んだ。君と書き記すだけでも再びずきりと痛みが走る。

「…僕は君に自分の想いを投影させたかったんだ」と主人公の方を向いて.し
俯き加減で答えた。「あの人はね、僕の憧れの人だったんだ。けれどもね、僕
の世界で不慮の事故により死んでしまった。僕の想いは彼女に伝わることなく
全てが終わってしまったんだ。この世界は今の僕の心の世界を如実に表現して
いるのかもしれない。地球の全てのものが彼女が死んだ時のまま眠りに就いて、
悲しみを森と夜空が覆い尽くしているんだ。決してこの世界は変わらず、外に
出ることができない。外というものが存在しないのかもしれない。なんとも暗
く寂しい世界だが、これが僕の心の平安なんだ。…こんな世界に君達を連れて
きてしまって末当にすまないと思っているよ。そして、この物語を書いたこと
を今になって後悔し始めている」

二人は僕の見ている場所を凝視したまま、黙りこくってしまった。


「…ならもう物語を書くことをやめてしまえばいいじゃないか」現実の僕(以
下彼)は暫くして僕の視線とぴったりと合わせてそう言った。「所詮僕達は君
の作った架空の人間なんだろ。僕達の苦しみなんか考えずに、好きなようにや
ってさっさと終わらせるといいさ。君がこの世界を描いた理由は分かった。君
は彼女に近付きたいんだろう?」

「そうさ。とても近付きたい」

「でも、その為には書き切らなくちゃいけないことがある。そうだろ?」

うん、と僕は答えた。主人公は僕達二人の話を一言も聞き漏らさないように
真剣な表情をしていた。僕は、一度キーボードから手を離して、一呼吸置いて、
彼に語りかけた。

「…心の中で、君の夢の世界で、表現しないといけないことがバラバラに浮か
んでいる。それを時間をかけてゆっくり考察し、整理しながら書いていかない
といけない」それは事実だった。

「僕達に手伝えることがあれば言ってくれよ」彼は立ち上がってそう言った。
彼の目はとても澄んでいて(僕自身なのだが、僕以上に)、とても嘘をついて
いるようには見えなかった。彼はそれが自分の運命とでもいうように、心から
作品名:地球の眠り 作家名:丸山雅史