地球の眠り
「それは僕が一度現実で目を覚まして、君達のことを小説にしていたからさ。
僕が眠っていない時は夢を見ないから、君は嫌でも眠りに落ちてしまうんだ」
と木立の影から姿を現した。それは?僕?だった。
僕も彼と同じ位置に立った。何から何まで僕と同じだった。その刹那、突然
親近感が湧き上がってきた。
「今君は、僕と同じ事を考えていると思う。すごく、子供染みた考え事だけれ
ど」彼は笑顔でさり気なく言った。
「世界には自分と同じ人間が、他に二人いるか? ということかい?」僕は尋
ねた。すると彼は、「そういうことだね」と笑みを絶やさずに答えた。「で、
僕は眠りに落ちる前にこう考えたんだ。もしかしたらこの夢物語を小説として
執筆しているこの世界(>宇宙)よりももっと大きな存在の人間がいて、それ
がもう一人の僕なのではないかと思ってね(素晴らしい! 【藤川周】のコメ
ント)。言うなれば僕達は彼の駒というわけさ。彼がいなければこの世界は存
在せず、君も含めて僕も彼のその時の気分によって、何時でもこの世界から消
されてしまうのさ。今まで自分がこの世界の創造者だと自惚れていた自分が恥
ずかしいよ。しかも、僕は彼にもうすぐ殺されるような気がしてならない」
僕は驚きのあまり動揺した。「つまり、こういうことだよね? 君の夢の世
界に存在する僕と、この夢物語の世界の外側、現実世界で生きている君以外に
もう一人の僕が君の現実世界…いや、彼の脳の世界、想像の世界の外にいると
いうことだね?」
「そうだとも。僕の生きている現実の世界も?彼?の想像の世界かもしれない
と思わずにいられないのさ」彼は.し暗い表情で言った。
「僕は君の世界が世界の全てだとさっきまで思っていた」と僕は呟いた。
「それはしょうがないよ。それと、僕は君に謝らなきゃいけないことがある」
彼は続けた。「君が飛び降り自殺したのは末当は彼女の願望だったかもしれな
いということさ。君が彼女の産物ではなく、僕も母親から産まれたのではなく
(産まれたように設定したとすると)、全て彼の頭の中から生まれてきたとい
うわけさ(これから発する言葉全てが彼に設定されていると考えても過言じゃ
ない)。確かに彼女は医師から乳ガンで余命が僅かだと知らされた時から、ず
っと悩み苦しんでいた。それが夢に反映して君が創造されたと言うこともでき
る。でも、それは違う。もう一人の僕が全て何かの為に、創造したものなんだ。
その何かというのは僕にも分からない」
僕達は再び月光に照らされた湖の畔に座って、反対側の君のいた木の下で静
止している限りなく透明に近い二人の.年の話をした。すると彼は、
「一部始終全て見ていたよ。勿論浅い夢の場所からね。あたかも雲の上から眺
めている神様のような気分でね」と言った。「此処は末当に心が落ち着くなぁ。
病気も眠気も無い森だけの世界。代わりに睡眠が完了したら、現実へ引き戻さ
れてしまうけどね。僕は現実で、統合失調症という病気も患っているんだ。心
臓移植を受ける前からね。だから、なんて僕は不幸なんだろう、って思ったよ。
けれど現実の世界がもう一人の僕によって創られていると悟った時、僕は救わ
れたような気がしたよ。僕は末当は現実には存在していないんだとね。だから
死ぬのも怖くなくなったんだ。もしかして、自殺願望があったのは僕かもしれ
ないね。乳ガンで亡くなった彼女ではなくて。僕は毎回のように彼女の夢に出
てくる君が羨ましかった。この夢を執筆している時だって、始めは僕が君だっ
たらいいのにとさえ思ったよ。けど、実際に手術してみて、夢を見てみたら、
其処には僕がいた。僕はすぐさま夢の中で思ったよ、?どうして彼女は僕が夢
に出ていることを言わなかったんだろう?って。だって、心底嫌っている人間
がドナーを受ける僕だったんだからね。ショックだったよ。夢の中で、君を見
ながら絶望していた。でも、気付いたんだ。?僕は君であって、君では無い?
ということをね。そう思ったら気持ちが軽くなってさ」風も眠っているようだ
った。「そして、実際に夢の底まで降りてきて、君と会って話をして、彼女が
僕にこの夢物語の執筆を依頼した訳も分かったよ。上手く説明はできないけど、
きっと絶望していた僕に教えたかったんだ。今まで僕が君に話した全てのこと
を。ここまで考えを導きたかったんだよ。その裏にはもしかしたら君(もしく
は僕)への恋の感情も混じっていたのかもしれない。彼女にはそれが分かって
いたから死ぬのが怖くなかったんだ。自分はこの物語では乳ガンで死ぬ運命に
あるということをね。全ては、僕達を生み出した末当の作者が決めたことなん
だ」
僕は彼の目を見て、ゆっくりと頷いた。地球の世界の万物が眠りに就いてい
るのに、どうして僕等だけが、目を覚ましているのだろうと思った。
「…さっきの地震は何だったと思う?」僕は湖の水を掬って飲み干した彼に尋
ねてみた。
「なんだか幼稚な答えかもしれないけど、?地球の鼾?ではないかな、と思っ
てるんだ」と彼は僕と瓜二つなのに愛らしい笑顔をして言った。そのことはい
くらか僕の気分を明るくさせた。僕達二人は笑って夜空を見上げた。空には幾
つかの星座を形作る星々が点在していて(これは彼の心が反映していると思う。
僕【藤川周】は、彼の心理状態が夢の世界の夜空に、具現化しているのをただ
忠実に描写しているだけなのだから。彼がさっき述べたように、僕が彼を殺す
なんてことは絶対に有り得ない。何故なら彼は僕にとって大切なキャラクター
であるからだ。僕も彼や主人公に対して途轍もなく親近感を感じていたのもあ
る)、僕の生きていると思っていた現実世界の空を思い出していた。
「僕は君の夢の中で夢を見ているんだ。きっと、この物語、いや、世界を創っ
た僕は、何かを他者に対して伝えたいという強い願望があって、僕達やこの世
界を創ったのだと思うよ」と僕は彼に言った。
「それはそうだと思う」彼は僕の顔を穏やかな表情で見て言った。「でも作者
は殆どまだ何も他者へメッセージを伝えていないと思うよ。僕の存在する世界
が現実で、彼の存在する世界は現実の現実なんだ(何だか頭がこんがらがって
しまうけど【藤川周】談)。僕は生きているようで実は生きていない気がする。
恐らく彼は世界で一番高い所(すなわち現実の現実)、二次元以上の世界でこ
の世界を創造している。元は宇宙や世界よりも広い?脳?の想像次元の世界で
創られたものを?文章?(二次元)という最小世界(推測だけれども)の.以
上のものに収めて、形作っているのだと思うけれどね。だから僕なりにこの世
界を解釈してみると、彼は多分永遠を求めていて、それを主人公である君の宿
命のように見せかけて、必死に探させているんだ。だけどこの物語がどの位の
分量の物語か分からないけど、永遠なんてそう簡単に見つかりっこないよ」
僕【藤川周】はとうとう我慢できなくなって、二人の僕に話しかけた。
「…だって文芸界新人賞の応募規定が四百字原稿用紙百枚程度なんだからしょ
うがないだろ?」