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珈琲日和 その7

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 彩子ちゃんの勉強は進んでいるのかな? 甘い物は脳の栄養だから焼き上がったら差し入れに持って行ってあげようと思いながら、流れているThe Bandを口ずさみ洗い物をしていました。
「いやーー 寒っみぃ寒っみぃーー」
 シゲさんがいらっしゃいました。いつになく防寒です。外に出ている部分がないので声で判断するしかありません。
 ボンボンがついた白と黒と灰色が混ざって編み込んであるニット帽を目深に被って、何倍も大きく見える鶯色のダウンをしっかり着込み、登山用みたいな厳つい黒いズボンに、分厚い焦げ茶色のマフラーをグルグル巻きにして、同じ色の手袋をして、マスクにサングラスまでかけています。まるで銀行強盗みたいなシゲさんはカウンターに座ると一枚一枚それを外しにかかりました。すっかり原型に戻るまではかなり時間がかかってました。なにしろ、僕がカフェオレをお出しする方が先でしたから。
「こうくそ寒くっちゃ、外に出るのも億劫になっていけねーや」
「そうですね。まだまだ寒さが続くみたいですよ」
「まぁ、こっちの寒さなんざ京都の寒さに比べりゃ、屁みたいなもんだ」
 熱々のカフェオレを真っ赤な顔をしてシゲさんは一口飲みました。
「京都にいらっしゃってたんですか?」
「おう。この間な。俺の孫娘が京都大学に行ってるからな、心配症の娘の付き添いでちょっとな」
「いいですねぇ。冬の京都も乙なものでしょう」
「おうよ。もう一面雪だらけでな、盆地なもんだから恐ろしく冷えやがる。なのに地元のおばちゃんや巫女さんやなんかは平気で薄着で歩き回ってたぞ。ありゃーもう体がそうなってんだな。きっと」
「慣れなんでしょうね」
「いや。それだけじゃねーと思うな。京都に住んでる人間は元都だった時からの古い家柄が多い。プライドが高ぇのさ。昔ながらの伝統をきっちり守っていやがる。だからあーやって独特の街として今も息づいているんだがな。やっこさん達はボコボコ厚着するのはあんまり好きじゃねーんだろうと俺ぁ思うね。なんつーのか神聖みたいじゃねーから?」
「成る程。何となくおっしゃられている事、わかります」
「な。ま、それはともかくとして、俺の孫娘がこれ又変わり者でなぁ・・・可愛い顔してんだけど無愛想でいけねーや。ママ、また邪魔しに来たの?!とか何とか言ってな」
「しっかりしていて頼もしいじゃないですか」
「まぁな、ただあんまりそっけなくしやがるもんだから逆に娘が落ち込んじまって面倒臭いのさ。ちっとは優しくしてやれよって言うんだけどな」
「お孫さんとは仲が良いんですね」
「まぁな。ユキは小さい頃から俺の後をくっ付いて回ってたから、飲みに連れてったり競馬に連れてったり、パチンコなんかにも連れて行ったな。よく2人で遊んだもんさ」
「ユキちゃんって名前なんですね。可愛らしい」
「だろ? ユキは俺が言うのもなんだけど、頭も良いし可愛いし自慢の孫だ。高校で奨学金を貰ってたんだけどな、それも勉強しながらバイトして卒業するまでに全額返したんだ。それに大学も特待生だ。俺が言うのも何だけどな、出来の良い孫だよ。今回も忙しい中色々連れて行ってくれたんさ」
「そんな良いお孫さんがいるなんて、嬉しいですね」
 シゲさんは含み笑いをして照れながら少し湯気があがるような顔になって、カフェオレを一口啜りあちぃーと言いました。子どもは一番近い親には素直になれなくても、その1つ跨いだ祖父祖母には素直になれるんですね。妙にお似合いのシゲさんとユキちゃんが連れ立って遊びに出掛けて行く微笑ましい図が浮かび、何だか温かい気持ちになりました。


 お隣に植えられている椿の花が開き始めた頃、美和子さんの店で大変な騒動が起こりました。
 どうやら、いつもと変わらずに彩子ちゃんに店を任せて遊び行ってしまった美和子さんに彩子ちゃんがとうとう爆発してしまい、お客様がいる前で取っ組み合いの大喧嘩をしてしまったらしいのです。
その場にいたお客様とアルバイトの男性に取り押さえられて何とか静まったものの、彩子ちゃんの怒りは収まらず自宅の自分の部屋に閉じこもってしまったと言う事でした。彩子ちゃんは受験勉強の追詰めで連日明けても暮れても勉強ばかりして、ろくにご飯も食べてない状態だったらしいので、かなりストレスも溜っていたのだろうと、僕にその事件を気の毒そうに知らせてくれた2つ隣のスナックのママさんが言っていました。僕は彩子ちゃんが心配になって、店が終わると急いで彩子ちゃんの好きなサンドイッチとビターチョコレートを持って美和子さんのお店を訊ねました。
 美和子さんはいつもと変わらず笑顔でテキパキと仕事をしていました。ちょうどカクテルばかりを頼む若者の一団がいたのです。美和子さんのお店に初めて入った僕は、おずおずとカウンターの端っこに腰掛けました。美和子さんがすぐに気付いて、ちょっと待っててと目で合図を送ってきました。僕はアルバイトらしき背が高くて金髪の目が青いビー玉みたいな外人男性にウーロンハイを頼んで、ミックスナッツと一緒にぎこちなくチビチビやっていました。この人がジョンソンさんだろうか?
「お待たせしました。珍しいわね。でも、来てくれるなんて嬉しいわ」
「いいえ。どういたしまして」
「あたしも飲んでいいかしら?」
「どうぞ。あの・・・彩子ちゃんはその後どうですか?」
「彩子? 相変らず部屋に籠りっきりよ」
「ご飯は?」
「さぁ・・・作っておいといても食べないのよ。でも、冷蔵庫の中の物がなくなったりしてるから、あたしがいない時に適当に食べてるんじゃないかしら」
「そうですか。これ、僕から差し入れなので渡して下さい」
「あら、そうなの? やだ、ありがとう。気を使わせてごめんなさいね」
 バックヤードの棚から小さなグラスを出して、美和子さんはゆっくりとテキーラを注ぎました。
「彩子ちゃん、勉強はかどってますか? もうすぐ受験ですよね」
「え? 何の事?」
 不意に美和子さんのグラスを口元に持って行く手が止まり、驚いたように僕を見ました。
「え? いや。もうすぐ受験だから、彩子ちゃん大学に合格するんだって必死に勉強してたから・・・あの・・・もしかして、ご存知ないんですか?」
「全然知らないわ。あの子、大学に行くって言ってるの?」
「ええ。もうかなり前から必死に勉強してましたよ。僕の所にもよく午前中に来ていて、友達のお姉ちゃんに自分のおこずかいで家庭教師を頼んでいるからって」
「何それ。あたし知らないわ」
「そうだったんですか・・」
「だってあの子、いっつもそういう話になると、ママには関係ないでしょとか言って怒って全然話にならないのよ。そのくせお金ばっかりねだってきて。そんな事に使っていたのね」
「彩子ちゃんは早く自立しようとして必死みたいですよ」
「そう・・・」
 そこまで言うと、美和子さんの顔色が沈みました。親子のコミュニケーションが全く取れていなかったんだろうな。なまじ同性だと難しいのかもしれない。ふと、美和子さんが優しく呟きました。
「ねえ、何かかけるわ。何がいい?」
「Holly Cole Trio、ありますか?」
「もちろんよ。あたしも大好きだわ」
作品名:珈琲日和 その7 作家名:ぬゑ