釘の靴
ろにワンピースを着た女の子が平然といるんだ??って思わず叫び出したく
なりそうなくらい、この状況は普通常識では考えられないことなんだよ! そ
んなこと全世界の同じ学年の子供誰一人としてもね!想像することすらでき
ない!…うん、頭が正常な人ならなおさら絶対に……この山で遭難に会った人
達や自殺するためにここにやって来た人間達を除けば、という条件つきだけれ
ど…確かに君に助けられたとき、僕だってまともじゃなかったけどさぁ……と
にかく、信じられないんだ。だってボロボロの状態で君を一目見たとき、?あ
っ、きっとこの女の子は僕の幻覚に違いない?って感じたんだよ? これは疲
れがつくりだした蜃気楼なようなものだってさ。…だってそうでしょ? 繰り
返して言うけど、こういうことは普通では有り得ない話なんだよ!」
「どうして? あんたの説明は私には全く理解できない。意味不明。」彼女は
小馬鹿にするような口調でそう言った。少しカッとなった。
「…じ、じ、じぁあもし、そうじゃなきゃ君は一体何者なのさ? オバケ?
自縛霊ってやつ? …違うよね? 念のため……でもそうでも思わなくっち
ゃさぁ、そういう状況に巻き込まれた人間は誰でも頭の中がハチャメチャにな
っちゃそうだったんだじゃないかな…。
…ここにやって来た人々はおそらくここまでの道のりを、色んな様々な疲れ
や悩みを抱えながら歩いてきたんだと思うよ。ある人はただ.に僕みたいに事
故や勘違いで正式な登山コースを外れて道に迷ってしまっただけかもしれな
いし、またある人は何かオトナの世界で嫌なことがあってそこから逃げ出した
くなってここに来たのかもしれない。…コドモの世界でもそういうことがあっ
たかもしれない。その他のことはまだ子供だからよく詳しく分からないけれど、
たぶんそんなところじゃないかなぁ……。」
「それがヤツらが私のところへやって来た理由ってやつ?」
「…だいたい半分くらいは合ってると思うけど」自信なさげにしょんぼりして
答えた。
「じゃあヤツらを介抱してあげてから彼らに自己紹介を迫られて私が説明し
たあと、突然彼らの態度が急変したのは何故?」
「それはたぶん…。」さっきよりももっともっと深刻真剣になって考えた。し
ょぼん、としていた心にたくさん空気を精一杯注ぎ込んで。「うーん…それは
たぶん君が彼らの幻みたいなものじゃなかったから。君がそこに元々?存在?
するものだったからじゃないかなぁ? そのショックで……、とか…。」
「? さっぱり分からない。」
「つまり…ええと…。」女の子のキツい言葉に少々怯んでしまった。コンディ
ションを整えるために再び心に気合いを送った。
「…か、彼らが想像していたもの、例えば君がオバケや幽霊や森の精や何かの
物語のキャラクターやテレビゲームのモンスターじゃなかったから、君に対し
て自分に都合のいいイメージが崩れていったから、ということだと思うな……
自信ないけど…。」
彼女は顔をしかめた。「何それ? やっぱりさっぱりわけ分かんないんだけ
ど。」
「な、なんか自分の考えを人に説明するのって、とっても難しいんだよね…。」
眉をひそめ、首を少し傾けた。「…えっと、つまりね、その、人間ってピンチ
な状況に巻き込まれて心と体がもの凄い疲れ果てていて、命の危険をビンビン
に感じていたり頭がパーティーのクラッカーみたいに弾けそうなくらいパニ
ックになりかけていたりしていたら、間違いなく何か目に映る風景がホントの
世界どおりに見えなくなっちゃうんじゃないかな…と僕は思うんだ。他の人が
どう考えるかは分からないんだけれども…。
…現にあのときまさにこんな体験をしたんだ。なんか、ここにはホントは実
在しないものがそこにはあったんだ…?末当は頭の中にしか存在することが
許されていない何か?がさ…もっと簡.に言うと、?みんなが住んでいる現実
の世界の上にその人独りのイメージの世界がテーブルクロスのように被さる
?みたいな…分かる?……だから君に出会ったとき、もしくはそれよりもっと
前のことからかもしれないけれど、そういう人達はそのとき、現実世界じゃな
くって?その人達にしか見えない世界?を見ていたんだと思うな…。
…あぁ、もう自分で自分が何を言ってるんだか分からなくなってきたよ…だ
からさぁ、…うーん…えーっと……確かに彼らは君に助けられて意識や体力や
思考が元に戻った、回復した。けど……?君はその場にまだ存在していた?。
そこのところをもっと詳しく言うと…?実は君は彼らのイメージそっくりそ
のものだった?んだ。…それが彼らにとっての?君?っていうわけ。僕は不思
議とそういう現実とイメージのギャップはなかったんだけど。?別の意味?で
ドキドキしてたもんだから……ハハ…けど彼らはそうじゃなかったんだと思
う。つまり大ショックだったんだ。自分が想像していたものと現実のものがこ
んなにも違っていたんだなと、頭の中が真っ白になったんだ。失望したんだよ、
自分自身にね。だから急に表情や態度が悪くなった。でもそれはたぶん君自身
に驚いているわけじゃないと思う。?彼らが持つ末来の現実世界?っていうも
のにあらためてビックリ仰天しちゃったんだよ、きっと…。」
かぐや姫は下手な力説を聞いている間、なんとか上手く飲み込もうと必死に
なって瞬き一つしなかった。大きな瞳はその眼球に潤いを失い、晩秋の埃っぽ
い風にさらされてカラッカラに乾いていた。後ろで落ち葉がまた何枚か落ちた。
「…ふーん。」彼女は何となく納得したのだろうか、視線を顔から外してちら
っ、と自分の膝に向けた。そして小さく溜め息をついた。
「自分の考えを他人に伝えるということが、あんたにとっていかに難しい作業
なのかということがよく分かる。あんたって表現力まるっきりゼロね。何か例
えとか、かなりわけ分かんなかったし。あんたの脳みそのレベルに合わせるこ
とが面倒な私には難解だったわ。 …でもちょっぴりだけどなんとなく理解で
きたような気がする。一.ありがとは言っておく。」そう言った口元には微か
な笑みがこぼれていた。
「へへへ…、これでもけっこう自分なりに考えをまとめたほうなんだけどな」
少しにっこりした。「でもこれでだいぶ君への返答は片づいたような気がする
なぁ。」
「まだ。」と彼女はきっぱりと言った。「まだ終わってない。」
「あと君への回答に一体何が残ってるっていうの?」少し疲れた口調でびっく
りして聞いた。
「いや、さっきの話の感想はもういい。で、今度は私の個人的な質問について、
あんたの考えを聞いてみたいと思って。」彼女は左手親指の爪で耳たぶをカシ
ャカシャと忙しなく掻いた。
「個人的な質問? 別にかまわないけど。」 いいよ、と頷いた。彼女はふっ、
とこれまで保っていた僅かな笑みを消して真面目な顔でこう答えた。「…私っ
て一体何者なんだろう? なんだかあなた方人間達とは似ているようで少し
違っているような気がする…ねぇ、これについてどう思う?」