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釘の靴

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もしかしたら女の子の体から全て血液が流れ出てしまったのではないかと疑
わずにはいられないほど、彼女はかなり痩せこけていた。半ミイラとでも表現
するのが妥当かもしれなかった。でも美しすぎるほどのミイラには違いなかっ
た。



…月から召されたかぐや姫のミイラ…。



別に可笑しいとも何とも思わなかった。この空間にいる自力で泣くことを知
らない、もしくは知ることができないあらゆる生物が自然の力を借りて彼女の
身に死が迫っていることを嘆いているように感じ、.音はなんだか存在証明そ
のもののようにさえ思えた。だんだんとその音も耳元から遠ざかっているのが
分かる。生温い液体が体の外へゆっくりと漏れていく。二人とも命の蝋燭をあ
まりにも早く激しく消費し過ぎてしまったのだ。他人の何倍も何十倍も何百倍
も。そして蝋燭の僅かな炎は前方に感じる奇妙なほどに真っ白な気配の存在に
よって激しくゆらめき、今にもかき消されようとしていた。









…万事休す。



ゲームオーバー。



グッド・バイ。



また来世紀。






沈黙。



暗闇。



沈黙。



暗闇。



沈黙。



暗闇と沈黙。









…沈黙。



「…………。」

「……。」

…沈黙。

「……て。」





…しばしの沈黙。

「……?」

「…………。」



無言。





暗闇。

…僅かな沈黙。

「……して。」

「…?」

「……を…して。」

…………かぐや姫?

「?」

「…私の…を……して。」


「…何? どうしたの?」

「…………。」

「……どうしたのさ?」





注目。



注目。暗闇。



注目。どうしようもない暗闇。



…沈黙。



…沈黙。



…沈黙。



…。



時だけがただ無常に過ぎていった。









瞼を狭めてその異質な気配を恐る恐る見つめた。暗黒よりも濃い闇で体をす
っぽりと覆った男がそこに立ちそびえていて、ぴくりとも動こうとはしなかっ
た。









しばらくして男は呟いた。

「…君は?僕のアカリ?を一体、何処に連れて行く気だい?」
















闇よりも濃い髪の毛と髭を地面につくほどまで伸ばし、ぼろぼろの制服を着
た若い男はナイフの刺さっていた子供の顔を全力で蹴り飛ばして、血の付いた
錆色のスニーカーを自分の髪の毛でごしごしと丁寧に磨いた。辺りは皆彼の不
思議なまやかしでぐっすりと眠ってしまったようにひっそりとしていて、口か
ら流れる大量の血の流れるせせらぎしか聞こえなかった。あらゆる生あるもの
は彼から放たれ、今まで一度も体感したことのない不安を突き刺す圧迫感に萎
縮しているように思えた。 靴磨きが終わると男はかぐや姫の側へ寄り、何か
小さな声で一言二言囁いて返事が無いのを知ると彼女を抱き上げキスをする
と、再び顔を力を込めて蹴り飛ばした。

「……君のせいで僕のアカリはこんなにも傷つき、弱り切ってしまった…この
まま放っておけばじきに死んでしまうだろう……なぁ聞くが、どうして君はア
カリの両足を切断してまでここから連れ出そうなんて全く無謀で、無意味なこ
とをしたんだ? …僕が心ゆくまで納得できる説明をしてくれないか?」

声が全く出なかった。彼の異常な存在感に圧倒されていることは確かなのだ
が、超現実的な問題として、声を発することは無理だった。さっき男に蹴られ
たときに顎が砕けて口が思うように開かないのだ。ただただ、声の代わりに血
を垂れ流すしかなかった。彼に「アカリ」と呼ばれた女の子は彼の腕の中でぐ
ったりとしていた。.はいつの間にか止んでいて、幻想的な霧が立ち込めてい
た。彼は霧を胸一杯吸って女の子の顔にそっと色の付いた息を吹きかけた。

「…答えられないのなら僕が代わりに答えてやるよ……君はただ.にアカリ
の意志に忠実に従っただけなんだろう?」

微かに頷いた。

「…しかし、そのアカリに悪知恵を入れてこの森から脱出するのをそそのかし
たのは間違いなく君だな?」

固く体をこわばらせた。全身にもの凄い数の鳥肌と様々な起伏を伴った悪寒
が走った。それらに対して何も反.することができなかった。彼の視線が一段
と鋭さを増した。意識が朦朧としていた。もう限界だった。何もかもが臨終の
時を迎えようとしていた。

「…もしや君がこれから先一生、アカリの面倒を見るとでも言うんじゃないだ
ろう?

…残念だが君にはアカリを救うことも育てることもできないよ。なぜなら彼
女は僕に代わって「己の罪」を償うためだけにこの世に生まれ、そしてこの人
里離れた山奥で幽閉されていたのだから。誰にもその邪魔なんてできないし、
彼女の代わりに僕の罪を背負うことなんて絶対に許されないんだ。

……これは全て僕が決めたことなんだ…僕が考えて実行したことなんだ…
誰にも妨害することも阻止することも中断することもできないんだ……僕が
…この神である僕が考えたことなのだから……この僕には……この僕には誰
もかもが絶対服従なんだよ……それを…それを…君はそれを……見事に破っ
たんだ…。 …君は僕の苦行の業を断ち切って何よりも大切なアカリを僕の手
から奪い、わざわざ僕が「シシャ」を送ってささやかな誕生日プレゼントとし


て届けてあげた白のワンピースを咎めなくこんなにも無惨に汚し、大切な両足
を切断してここから連れ去ろうとし、挙げ句の果てには自分のものにしようと
した……君は自分がしでかしたことの重大さが分かっているのか? ……な
ぁ愚か者よ…答えろ……答えろよ…答えろよ…答えろよ……答えろよ…何と
か言えよ……なぁ……この僕がたった独りでアカリをここまで育て上げたん
だぞ……この僕がアカリに言葉を教え、素晴らしきこの世界の無常さを説き続
けたのだぞ……この僕が…この僕がアカリの研ぎ澄まされた美貌を……アカ
リの洗練された肉体を……アカリの純粋無垢さを……アカリの永遠なる灯火
を……。

……それをお前は……何とか言えよ…何とか言えったら……何とか言えよ
……脳味噌が.発達なお前には、僕の命令に従わないということ、すなわちそ
れが神への冒涜に値するということが理解できないのか? …もうお前はこ
の神聖なる領域に足を踏み入れた時点で僕の逆鱗に触れていたのだよ…もう
手遅れだがな…………神の裁きを受け入れる覚悟はいいか?」

男はかっ、と恐ろしいほどに人間のものとは思えないほどの充血して爛々と
輝く大きな瞳から純白の涙を流し、腕から女の子を地面に放り投げた。そして
体を激しくくねらせながら彼女の胸に顔を伏せ、両手で髪を無茶苦茶に掻き乱
して引き抜いて大声で何かわけの分からない言葉を乱発して発狂し始め、泣き
作品名:釘の靴 作家名:丸山雅史