ジェスカ ラ フィン
ちょっといいですか、と謝りながら人々を掻き分けてミニステージの前に立っ
た。
「あっ、やっと来たか。見てみろ。みんなが手伝ってくれてステージと装飾が
完成したんだ。パフォーマンスショーは従業員達の食事が終わった後だ。従業
員達には後で、食堂で、上司達から連絡があるらしい。どの位人が集まるか分
からないが今日は盛り上がりそうだな」
ソフサラコマは僕を見上げて、笑顔でそう話した。
「ドゥニン工場長が食事の準備ができたから戻ってくるようにと言っていたん
だ。打ち合わせは済んだのか? 済んでないなら食事中に工場長に断って話し
合ったらどうかな?」
僕がそう質問すると、ソフサラコマは、
「いやぁ話はもう済んだんだ。あとは直前のリハーサルとパイプ椅子の設置と
飾りつけだけなんだけどな。作業が終わるのは屋.に戻って食事を取った後だ
から大丈夫かな……じゃあ、皆一度解散しよう。食事が終わったら各自やらな
ければならない準備を済ませ、僕のところへ連絡に来るように!」
「はい!」
1同は声を揃えて返事をした。いつの間にソフサラコマはこんなにリーダー
シップを発揮するようになったのだろう。
僕はノェップにも声を掛けた。
「ドゥニン工場長がお呼びです。食事の準備ができたと」
「あぁそうですか! ソフサラコマ君の手伝いをしていたら食事のことなどす
っかり忘れてしまっていました。もうそんな時間なのですね。じゃあ皆、これ
から食事を取って、今夜のショーを成功させるために頑張りましょう!」
「えぇ!!」
スタッフは目標達成の意思を、握り拳を作って表明し合った。ソフサラコマ
はステージに座ってスタッフから貰ったらしき紙にシャープペンを使ってどん
な出し物をしようか絵と文字で表現していた。僕が傍に寄って紙を見ようとす
ると、ぴくっ、と突然敏感に耳が動いて、
「見るんじゃねぇ!」
と紙を背中の後ろに隠した。
「お前が見るとネタが浮かばなくなるんだよ!!」
「君にはクレヨンが似合うと思う、って言おうとしただけだよ」
「うるせぇやぃ!!」
と、ソフサラコマは僕を睨んでいたが顔は怒っていなかった。
豪勢で美味しい食事を終え再び作業場に戻ると、ソフサラコマを除いたスタ
ッフと僕達は、ベルトコンベヤの間に折り畳み式のパイプ椅子を並べていった。
パイプ椅子は食堂の物置から200脚ほど持ってきた。無事に並べ終えるとド
ゥニンとその奥さんがやって来て、僕に挨拶をしてきた。ソフサラコマを呼ぶ
と、奥さんは再度挨拶をした。
「ただいま戻りました。私の名はエレームと言います。末日はこのような催し
を開いて頂き、誠にありがとうございます。私は主人の妻です。先程は一緒に
お食事をすることができなくて、末当に残念に思っております。従業員達も大
変楽しみにいたしておるようです。まぁ、素晴らしいステージですわ! これ
も全てあなた方の案なんですか? 素敵ですね! 私も主人もとても楽しみに
しているので、無事に成功することを実席から祈っております。ではまた後で
…失礼…」
「それではエクアクス君、ソフサラコマ君、頑張ってくれたまえ」
僕とソフサラコマを満面の笑みで眺めたドゥニンとエレームはノェップに勧
められてステージに1番近い斜め向きに置いた席に腰を降ろした。
「なぁソフサラコマ、ドゥニンには子供がいないのかい?」
「いいや、いる、って打ち合わせの時に給仕に聞いたよ。?ドゥエン?、って
いう名前らしくて、『商業国コラダングス』の大学で経済学の勉強をしている
らしい。どうやらお父さんとは違う道を歩みそうだね」
「じゃあ跡取りがいなくて大変なんじゃないかな。次は誰が工場長になるんだ
ろう?」
「やっぱり息子さんが引き継ぐんだろうな」
と、ソフサラコマは矛盾したことを言い、すぐにステージに戻ってセロファ
ンテープで付け足された進行表を何度も読み返し、必要な箇所は書き足し、要
らない箇所は線を引いていた。人々が床にカーペットを.き飾りつけをしてい
る間、僕は部屋の壁に凭れてその様子を早くショーが始まればいいなと思って
見ていた。
従業員達がぽつぽつと会場に集まり始めると、僕もスタッフもソフサラコマ
の所に行って進行表を見せてもらった。見終わると、僕と、ノェップと、数人
のスタッフはステージのすぐ横で待機していてもらえないかというソフサラコ
マからの要請を受けた。用意したパイプ椅子にだいぶ人が埋まると、余分なス
タッフは観実席へ退いて残りの人間で照明と出し物の確認をした。僕と1人の
給仕はステージに当てる5色のスポットライトについた。もう1人の給仕はス
テージ上のライトと作業場の照明を担当した。ノェップは暗幕を引き進行表を
持って各所に指示を与える役割になった。あとの人は、ソフサラコマに小道具
をショーの1区切りの時に渡し、衣装を着替えさせる係となった。
ブザーが鳴り満席となった作業場は照明が落ちてざわめきが.し減った。目
の慣れない部屋の中で、僕は人々の嬉しそうな声に関心が惹きつけられた。足
や手を動かす姿が顕著に見え始めると、再びブザーが鳴った。ドゥニンとエレ
ームは顔をニコニコさせていた。進行表を持ったノェップが右手を上げて僕達
スポットライト係に指示を送ると、暗幕の奥からドラムを細かく刻む音が聞こ
えてきて共に顔を見合わせてスポットライトのスイッチを入れ、暗幕で2つの
光を焦点させ、セロファンの貼った円盤を回転させた。カラフルな光がドラム
の音と相乗効果を生み出し、拍手を生んだ。音が止まると拍手は.しずつ止ん
だ。ライトが透明になると静かに幕が上がった。
ノェップの片手が上がり、ミュージカル音楽が流れると共にライトが回転し、
ソフサラコマと、そのバックについた数十匹の兎達のタップダンスショーが始
まった。
ソフサラコマにスポットライトが当たり流暢な他の国のように聴こえる造語
で、映画の告白シーンのような台詞を1人2役で演じる。ステッキで地面をタ
イミング良く叩き、革靴をリズミカルに鳴らす。くるっと1回転したかと思う
といつの間にかソフサラコマの衣装が変わっていて、ステージ上が赤色になる。
紳士姿のバックダンサーの兎達がゆっくりと女性の真似をして泣き言を喚い
ているソフサラコマに近づいて来て、音楽が急に止まるとソフサラコマは立ち
上がり、兎達は飛び退いて倒れる。照明が青色になり再び衣装を変えたソフサ
ラコマと、すぐさま起き上がった小道具を持って.けつけて来た兎達が、.子
のつばを押さえて歌いながらリズム良く前進してくる。
音楽も大円団を迎え、踊りもパフォーマンスも激しくなってくると、実席の
方からも熱気がやって来た。自然と手拍子が鳴り始め盛り上がってくると兎達
はピラミッドを組んだり、バック転をしたりして踊り回り、コーラスが最高潮
を迎えると、兎達の手に持っていたクラッカーが鳴って最後にソフサラコマの
大きなロケット型のくす玉が飛んで観実の上で弾けた。盛大な拍手に包まれた
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史