ジェスカ ラ フィン
ステージは、音楽が止む前にゆっくりと幕を下ろした。拍手がいつまでも続い
ていると、もう一度暗幕が上がってライトのついたステージから.子を取って
兎達が手を振っていた。
作業場の照明が付き食堂への通路の入り口前で作業員達とソフサラコマ達兎
の群れは、握手会をやっていた。中にはお礼として大量の人参やじゃがいもを
くれる人もいた。大抵は銅貨や紙幣を急遽工場の人が用意してくれた笊の中に
入れている人がほとんどだった。中には鹿の肉を葉に巻いて包んでくれる人も
いた。グループのリーダー以外の作業員達が宿舎に戻るまでかなり時間がかか
った。それが終わると僕達スタッフは、握手会で使った机とパイプ椅子を畳ん
で食堂奥の物置小屋にしまった。飾りや照明器具や暗幕やステージ台も取り外
して地下の何もない部屋に置いた。
作業場に戻ってくると、後片付けを待ちくたびれていたドゥニンとエレーム
が僕の方へ笑顔で近づいてきて握手を求めてきた。
「いやー、今日は最高の1日だったよ! 時計工場を開業してからこんなに盛
り上がった日はなかったからね! 作業員達の喜んでいた顔を見ただろう?
私の所へ皆やって来て、?ドゥニン工場長、末当にありがとうございました!
あのような素晴らしい催しを開いていただいて私達家族は末当に感激しおりま
す! 末当に何と言ったらよいか! ありがとうございます!?とつぶさに語
りかけてきたよ。うちの工場には家族で出稼ぎに来ている者も.なくない。な
ので今回のショーでは、彼らの普段工場で働いている時には見られない表情も
見ることができた。彼らにも私らにとっても、今回のソフサラコマ君のショー
は.に良い経験になったよ。何とお詫びして良いか私にもはっきりと分からな
い。どうやら興奮し過ぎて言葉が上手く出てこないようだ。甥のノェップにも
0分感謝している。君達に出会えなかったら、ショータイムはできなかったの
だからね。後で充分礼を言っておくよ。エクアクス君もソフサラコマ君も今日
はゆっくり休んでくれ給え。屋.の2階の1番奥に君達の寝.を用意してある。
寝心地は保障できないが、最高のベッドだ。きっと気に入ってくれると思う。
シャワールームも完備してある。もう今日は遅い、後の始未は屋.と工場の者
達にやらせるから、君達は先に屋.に上がっておいてくれ。紅茶とお菓子を用
意しているよ。さっ、誰か、彼らをご自慢のお屋.にご招待しておくれ!!」
エレームも泣きながら手を繋ぎ、深々とお辞儀をした。
「…末当にありがとうございます」
野兎達に人参とじゃがいもを均等に配って峡谷に帰したソフサラコマは作業
場の入り口から駆けて来て、僕の足元にやって来た。そしてこう言った。
「彼らだって、家族ぐるみで働いてるんだぜ」
キノストツラに連れられて1足先に屋.に戻った僕達は食堂でお茶を飲む前
に寝.部屋に招待されてシャワーを浴びた。ソフサラコマに先に風呂に入れよ
うとかると、
「いや、いい」
と首を振った。カーテンを開けて外を見てみると月の光のおかげでぼんやり
と峡谷の先に海が見えた。コンコン、とノックがしてドアを開けてみると先ほ
ど部屋まで連れて行ってくれたキノストツラがトレイに水差しとコップを持っ
て立っていて、今日は末当にありがとうございました、と頭を下げて、あの、
1階でお茶の準備ができていますので、と言って僕達を食堂まで連れて行った。
置いてあったガウンに着替え、脱いだ衣服も洗濯場に持って行ってもらった。
お屋.の者が集まってお茶とケーキを食べ終えると、再び部屋に戻って寝る
支度をした。ようやくソフサラコマは風呂に入った。ドアを開けて廊下を見て
みると明かりは全て落ちていて真っ暗だった。セミダブルベッドが2つあって
ソフサラコマは窓側の方を選んだ。僕はベッドに潜り込み、ベッドとベッドの
間にある小物机の照明調節ねじを捻って部屋を暗くした。
熟睡して真夜中にふと目が.めた。喉が渇いたのだ。隣のベッドを見てみる
とソフサラコマが手を広げ、口を開け、腹をゆっくり膨らましたり萎ませたり
しながら眠っていた。
ベッドから出て椅子に座り、テーブルの水差しの水をコップに汲んで飲んで
いた。何処かから開き窓の閉まる音がした。僕は.し気になって外に視線を向
けた。何かが走り去る音がした。昼間の怪しい人影と同1人物で、僕の後をや
はりついてきているのか、と警戒心を募らせると、夕食前に布袋を下の待合.
に忘れて来ていたことをはっ、と思い出した。
部屋を出て廊下を通りゆっくりと階段を降りた。照明のスイッチがどこにあ
るのかさっぱり分からなかったので、仕方なく暗闇の中を歩いた。等間隔で並
んでいる窓から月の光が入ってきて床を照らしていた。.接間のドアを開ける
と台所の向こうのとある部屋からノェップの話し声が聞こえてきた。僕はそっ
と麻袋を手に持って鍵穴に目を凝らしてみると、ノェップはテーブルと向き合
い椅子に座って笑いながらソフトボール程の大きなダイヤモンドをグラスのよ
うに掌の中で上手く転がしながら、昼間見せていた表情とは全く異なる表情を
して電話をしていた。僕は彼のオーラに飲み込まれそうな気がした。彼の声の
質、気迫、全てが違っていた。ノェップは音を立ててダイヤモンドを置いた。
足を組み、顎を上げて天井に近い壁を見ながら、彼はにやりと笑っていた。
「…で、どうだった? 『ビチュアンゼ』の方の売買と、『ドドルーンの町』
の密輸取引のカタはついたのかい? 上手くいったな。渓谷を通らずに森の隠
し通路を通っていけば、ドドルーンのほうの警備は軽くすり抜けられる。アン
タの部下から訊いたが、ドドルーンの.西の森の奥に、よぼよぼの爺の忘れ形
見の馬が今も暮らしているそうじゃないか。調べてみればそいつは世界一の
『農業国ビザジズドー』の競馬場でグレードレース全てに全戦全勝し、引退レ
ース前に急死した名競走馬の隠し子の馬だっていうじゃねぇか。.はその馬は、
急死する前にホケメダンの大富豪が所有していた『商業国コラダングス』産の
母馬との間に仔馬を残していやがってたんだ。けど大富豪の持っている株が暴
落してその母馬は食肉にされるところで、そのオーナーは夜中に調査船を博物
館から持ち出して、名血の仔を孕んだ母馬を船に乗せて逃げたんだ。しかしよ、
それを狙ったお前ら盗賊団が船ごとそいつから盗み出して、『ターピス』の小
島の町の西にある『ジャトジャス遺跡』に母馬だけを隠して、その船を『機械
国ルチャーナ』近海で転覆させたんだ。まぁこの辺りじゃそんなにその噂は立
たなかったんだけどよ、仔馬が殺されるのを恐れたオーナーの世話係で、たっ
た1人救助された爺さんが『ジャトジャス遺跡』までやって来てお前ら盗賊団
の隙を狙って仔馬を助け出して、船を使ってドドルーンの.の小さな森に隠し
たんだ。『ビチュアンゼ』と『ドドルーン』に住んでいる俺の仲間に訊いてみ
ると、どうやら『ジャトジャス遺跡』は『浮遊王国ルダルス』への入り口だっ
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史