ジェスカ ラ フィン
パフォーマンスショーをやってくれるのだそうだ。近々娯楽国の劇団にも入っ
て、世界中の人々を楽しませるコメディアンを目指しているという修行中の芸
人さんさ」
ノェップは使い慣れている給仕の前だからか、調子の良いことを言っていた。
「まぁそうですか! それは素晴らしいお実さんですわ! さっそくみんなに
言って最上のおもてなしをなさらないと! コックにも話しておきます。今日
は最高の料理を振舞うようにと!」
キノストツラは目を輝かせてソフサラコマと僕を見回し、大げさ過ぎるほど
気持ちを込めてノェップに言葉を返した。
「うむ、そうだな。もちろんドゥニン工場長には私から話をして許しをいだだ
いてもらうつもりだよ。この先の通行所の手形と町の滞在許可書の件について
も私の意見を取り混ぜて考えてみる。お前は私が帰ってきたことを2階の工場
長に伝え、皆に喜びの宴を催すことを至急伝えなさい」
「かしこまりました!」
キノストツラは知らず知らずのうちに胸元で組んでいた両手を解かずにノェ
ップの言葉を1字1句聞き漏らさないで、何度も頷いた後に2階へ上がる部屋
の左隅の階段を足早と駆け上がっていった。ドアの閉まる音がすると僕とソフ
サラコマにノェップは、
「さぁ、中へお入り下さい」
と言って手をのばして中へ勧めた。中へ入って階段を上がろうとするとキノ
ストツラがドゥニン工場長の部屋を出て片腕を曲げながら階段を降りてきた。
ノェップが、
「おぉ、どうだった?」
と聞くと、キノストツラは、
「部屋に入ってきてもよろしいそうですよ」
と微笑を浮かべて、
「では失礼…」
と言い、跳ねるように下りていった。
僕達はドゥニンの部屋の前まで歩を進めると、ノェップは、
「大柄な人柄の方だが、そそうのないように」
と口元に人差し指を当ててノックをし、
「失礼します」
と言ってドアを開けた。ドアを開けると、
「どうぞ」
と遅れた声が聞こえてきて中に入ってみると、サングラスを磨きパイプを咥
えている体格のいいドゥニンという、工場長らしき老人が高そうな机に肘を乗
せ、皮椅子に座っていた。
「その実人らの話は先ほど給仕から聞いたが、お前が私に頼みたいのは具体的
にどういった内容かね?」
色の入ったサングラスをかけ終えて静かにハンカチを置いたドゥニンは顎の
前に組んだ両手を置いて僕達全員を見つめた。ソフサラコマはドアを閉めた。
「はっ」
1歩前に進んでドアを離したノェップは別の男の役を演じているように見え
た。
「先ほど給仕がお話した例の旅の実人とは後ろにいるエクアクス君とソフサラ
コマ君でございます。彼らは森の中で出会い、旧時計工場の地下の迷宮を潜り
抜け、共に渓谷の通行所まで歩いてきた仲間同士なのです。そこまでの道のり
までの出来事についてはエクアクス君が北東の温泉に入っている時にソフサラ
コマ君から教えて頂きました。彼らはお金も地理の知識もなく、あの渓谷の通
行所までやって来たのですよ? 私は彼らの勇気に心が打たれました。そして
青年エクアクス君の優しさとソフサラコマ君の人を和ませる才能に恰幅致した
のです。話を聞けば彼らは、北の通行所の通行手形と町の見学許可書がどうし
ても必要らしいのです。そこでぜひこの『時計工場』まで足を運んでもらって
工場長の許可をいただこうとしたのです…」
口から煙を吹いたドゥニンは一度机に視線を落としてすぐ元の位置に戻した。
「大変結構。…エクアクス君にソフサラコマ君、よくぞ我が『ハヌワグネ時計
工場』においでになさった」
2 ハヌワグネ時計工場 二
「我が先祖はこの地で代々時計業を営んでおり、世界各地に時計を出荷してお
ります。現在は精密機械の下請けの仕事もやっております。従業員達はほとん
どが『ドドルーンの町』の出身の者です。中には渓谷の遥か北方の『ビチュア
ンゼ国』から出稼ぎで遥々やって来る者もいます。生産した時計類は国々に運
ばれ他の国の下請け工場に出荷されます。他の島々から貨物船や金持ちの個人
船に乗って来る方もいます。定賃金制で1日8時間労働です。昼食の後にティ
ータイムも設けられております。大抵作業場の隣の食堂で休憩をとります。年
間の休暇は夏季と冬季に全部で80日間です。従業員の中には『機械国ルチャ
ーナ』や『娯楽国ホケメダン』行くためにお金を貯めている者もいます」
「『機械国ルチャーナ』?」
いつの間にか若い給仕に蝶ネクタイを付けてもらっていたソフサラコマは、
口を逆正3角形にして答えた。
「どのようなところですか? きっと想像もつかないようなところだろうな」
「えぇ、おそらくそうだろうと思います」
とドゥニンは答えた。
「ここの工場や、手工業の盛んな町で経験を積んだ熟練の人間が出稼ぎに行く
重化学工業の発達した国です。ボーリングした油田が近くの海底に数多く埋ま
っており、原油を1日に何百トンも取り出して浜辺に立ち並んだ精製工場に船
で運ぶのです。ガス田もあり、それら原料を有機化学工場にトラックに乗せて
持って行くのです。『機械国ルチャーナ』から各国へパイプラインが通ってい
ます。他の国で産出した原料や作った部品を、コンテナ船や『流通国パシキゾ
ーフ』を通ってトラックがやって来ます。私も数年前、数十年振りに休暇をと
って、『機械国ルチャーナ』と『娯楽国ホケメダン』を旅行したのですが、い
やー、素晴らしいところですよ。ホケメダンの飯の美味さといったらない!
あまりにも気に入ったので適当なコックを選んで出し抜いて連れて来てしまい
ました。もちろん給料は他の従業員よりも奮発してね。おかげで毎日あの『娯
楽国ホケメダン』の素晴らしい思い出を思い出しながら料理を味わうことがで
きますよ。極楽、極楽です」
ドゥニンの顔は自分の言いたいことを伝えられたことに喜んでいるのか、僕
たちを末当に歓迎しているのか、にこにこと笑っていた。部屋の中を見ている
とドゥニンはこの部屋の雰囲気に合っていなく、僕がドゥニンになった方がい
いと思った気がした。外の天気は相変わらず曇っていたがもう暗くなっていた。
照明で僕達3人の姿が窓ガラスにはっきりと映っており、話を聞きながらずっ
と見ていた。僕も何か喋らなければ、と思った。口を最初に開けて、喋り始め
た。
「僕たちは『浮遊王国ルダルス』のことについて知りたくてここまでやって来
ました。ノェップさんにも尋ねたのですが、よく知らないと聞きまして。『ル
ダルス』から小包が届いたのです。このソフサラコマと、…この携帯電話と一
緒に。…ドゥニンさんはルダルスについて何かご存知ないですか?」
「携帯電話というものは知らないが、『ルダルス』というものは空に浮かんで
いるお城のことだろう? 知っているよ。この私の甥のノェップにも小さい頃、
此処から北方にある、『ビチュアンゼ』の大学の同僚がくれた古典の末を見せ
てやったことがある」
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史