ジェスカ ラ フィン
んだ後に、.年の背骨を取り出して、骨の琴を作りました。山で遭難に遭い、
リュックサックを背負った彼がパパロメ様の元へ辿り着いた時は、彼は瀕死で
した。リュックサックから、トウロマという、彼の名を知りました。短い愛の
未に、命が止まりました。彼の両親はトウロマ.年が生まれる前から他界して
おりました。トウロマ.年のお兄さんは、彼の行方不明の1年後、8月頃に建
物から飛び降りて死にました。素晴らしく賢い青年だったようです。彼の彼女
がパパロメ様の森へとやって来ました。パパロメ様とお会いして、2度と帰る
ことができないのを承知で、帰ってしまいました。彼女もまた、死にました。
彼の御骨を持って、トウロマの背骨の琴の音色を聞いて、立ち去りました。彼
女のお腹の子供も一緒に亡くなりました。それから、宇宙が無くなるまで、彼
女はパパロメ様と一緒にお暮らしになりました」
「そんなことがあったんですか」
僕はユバグに言った。
「そうです」
彼女は答えた。
「宇宙が無くなってからも、パパロメ様は意識だけを漂い続けさせました。気
がつくと、パパロメ様は暗い森の中に座っていました。何もかも忘れてしまっ
ていました。どこかで見.えのある.年が唇におでこを当てました。彼と話し
ていくうちに記憶を思い出していきました。パパロメ様の足は鉄の釘で打ちつ
けられていました。?セネアトレク?という.年に、両足を切断してもらいま
した…。その場は春になり、2人は星座に見守られ、幸せに暮らしていました。
しかし…」
「…しかし?」
僕は尋ねてみた。
「デゾー率いる盗賊団の連中が、その森へやって来て、パパロメ様を奪おうと
しました。部下達と谷の住人とで争いごとが起き、セネアトレク様を幽閉され、
パパロメ様は違うこの谷へ移されたのでした。足は元に戻され、彼を思い続け
ました」
「ぜひ一度、お会いしたいです。僕がこの先、どう世界を救っていけばいいの
か、ご存じだといいのですが」
「分かりました。こちらです。私について来て下さい」
森の中を出ると、木々に囲まれた広場の真ん中に、大きな木があった。彼女
は、大きな木の、目の前に笑って立っていた。美しいシルクのローブに身を包
み、月のアクセサリーをし、頭にはティアラとベールを付けていた。涙の形を
した3つのルビーのネックレスをし、ブレスレットをし、足の表面に打たれた
釘の上には、細い皮を巻いた、穴あきの靴を履いていた。彼女は宙に浮いてい
た。赤く錆びた釘を貫通させたまま、宙に浮いていた。歩いていくと、爪の色
が光の反射で虹の色に変わり、両手を合わせて微笑を浮かべたまま、深く、礼
儀正しく頭を下げた。化粧を施したパパロメはとても美しかった。何故かその
姿を見ると懐かしい感じがした。僕の顔を見て深く微笑むと、自然と、付添い
人は下がっていった。
「あなたは私を必要としていないようですね? この奥に行きなさい。森を抜
けると船着場があります。そこから小船に乗りなさい。そして、『レンバーレ
天文台』に行くのです。貴方の、懐かしい仲間に会えるでしょう」
「僕の、懐かしい仲間?」
僕は彼女に頭を下げて森を抜けた。煌めいた海が見えた。近くで電話ボック
スが鳴っていた。誰もいなく、僕への電話だと気付くと、駆けて、
「誰だ?」
と聞くと、
「しばらく君を忘れていた」
と、声の主のリギーは言った。
「僕の毛は長くなったぜ。ここは極楽だ。何処かは言わない。僕は簡.に言え
ば世界の支配者になったということさ。セネアトレク…ソフサラコマっていう
兎の父親と、母親であるパパロメは…お前が出て行った後にすぐに『ソンパラ
メードの森』の牢に閉じ込めてしまった…。僕が制裁を加えてやったんだ」
「…」
「じゃあな」
リギーからの電話はぷっつりと切れてしまった。
僕は、溜め息をついて空を見上げた。空が抜けてしまえばいいと思った。1
枚の絵だと思っている自分がいた。毎日、誰かが張り替えて…。
瞼をスライドさせて瞼の疲れが取れた僕は、何か、言った。青空に飛び乗っ
て、駆けたいような気分になった。ぐるりと見回しても誰もいなかった。バー
トンは「レンバーレ天文台」にいると思った。
僕はバスに乗った。乗車中に、流れる雲を見た。僕が呼んだものだと思った。
座席のシートに痛みを感じた。眼球に運賃のお金を感じた。
「『レンバーレ天文台』は何処ですか?」
ヘンチャナンゼというバスガールはお実に聞いた。
「あなたは答える立場でしょう?」
ヘンチャナンゼは乗実に怒られた。僕の思考は宙に上がってその先を追う…。
ヘンチャナンゼもお実も消えて、僕は、この時を思い返した。
気象台で降りると、青い夜がやって来ていた。僕に1月の冷たい風が吹き続
けた。上着の裾が片方だけ棚引いた。バスの煙が黒く汚く臭く、巻き上がった。
ナヌコラーゼのパイプのことを思い出した。頭の中で、つるっとしたところを
触ってみた。何も起こらなかった。思い出すことのほうが遅いじゃないかと思
った。音を立てながら、森を登った。
山を上がると、「レンバーレ天文台」に着いた。アンテナが空に向いていた。
今日は星天だ。アンテナの先に星が付いているように見えた。冷たそうなドア
の取っ手を見た。開くと、中は真っ暗だった。
張り付く月の光の暗い部屋の中で、バートンはパイプ椅子に座っていた。僕
はバートンの元へ歩き、後ろに立って肩を叩いた。
「…エクアクス君ですか? バートンです、私は、バートンです」
「どうしてこんなところに?」
「此処は、トウロマとパパロメという.女が出会った場所に似ているからです
…。眺めて、夜になると、ここの部分が切り取られて夜しかこない場所なんで
す。何故でしょう?」
「何故だと思う?」
「浮かばないんです。そういう世界しか、浮かばない場所だから…私達で夜に
するんです…」
「何がある?」
「私達の、戦場です」
「?」
「いいえ、もっと映画的で、西洋的で…、遠くから戦いの音が聞こえてくるよ
うな…火が、遠くで燃えているのが見えるような…」
幾つもの古い門に、男が、左側から大きな煙草を刺して、抜いて息を吹きか
ける。
「外で、星を見ましょう」
バートンはパイプ椅子を、音を立てて立って、僅かに白い息を吐いた。遠く
で祭囃子が聞こえてくるような気がした。正面の窓の集まりからは、僕達を呼
んでいるような気がした。僕の、心は、満たされていた。.しか降らない森と、
夜しかやって来ない「レンバーレ天文台」。…僕が見たいのは、白く塗り返さ
れた、鉄橋。裏口への扉を開けて、出て、空を見た。
「『ソッチョルゾ城』へは、私は行けません。それは私が死人だからです。い
つか、一緒に旅がしたいです。マラダラの巻物は、ピーチュアルに奪われてし
まいました。帰るためには、最初の森へ戻りなさい」
バートンはポケットに手を突っ込んだまま、遠くの空を見つめた。
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史