ジェスカ ラ フィン
たというグランドピアノがあった。黒い台の上に枯葉が沢山積っていて、鍵盤
の蓋と大きいピアノ弦の入った蓋は閉まっていた。椅子の上にも茶色く縮んだ
葉が落ちていた。
「ほろおうとしてもほろおうとしても、落とさせないんです」
ラロレーンは蓋の上から1枚枯葉を持って、維管束の葉脈を摘んでひらひら
と回転させた。
「父がです」
生温い風が吹いてピアノと僕達の間を通り抜けた。
「もう時間ですかね。バートンさんのいる小屋へ向かいましょう」
ラロレーンはそう言ってターンをして「ハノスマトセの泉」へと僕達と向か
った。
丸太小屋でバートンとペリンガを仲間に加えると、余談をしながら橋を渡っ
て小さな森を出た。ラロレーンもウィズウィングルに乗らなくていいと断った。
晴れ渡っていた。「ドドルーンの町」から出ている道に帰らずに途中から右に
曲がって遥か彼方にたこ糸のように見える高速道路を視界に入れながら、1団
となって右に延々と続く玉葱畑を見据えて畔の道を歩き続けた。
5 ペクノの灯台
畔の道を夕日が沈むまで進むと、立派な城の聳える「ビチュアンゼ」が見え
た。「ビチュアンゼ国領地」という立て看板を過ぎる前にはペリンガは疲れて
ウィズウィングルの背に乗った。そしてソフサラコマの前に腰を降ろした。僕
は手綱を引いた。ブロック塀が広大な土地を囲っていた。高さは10m以上あ
る。道の木立よりも高さがあった。畑は壁のぎりぎりまで続いていた。大きな
門には門番が2人立っていた。
「どうやらこちらはあまり活気がないようですね」
僕はバートンに言った。
「そのようですね。でも中を開けてみれば葬祭の雰囲気でも活気はあるでしょ
うよ」
ウィズウィングルは言った。
門に近づいて行くと2人の門番は何も言わずに重い扉を開けた。ざわめきが
突然聞こえ、道の両脇に市場が並んでいた。
「ずいぶんとやっかいな町だなぁ。これじゃあ、何処が何処で何処に何がある
かなんて分からないよ」
ウィズウィングルは言った。
「真っ直ぐ行ってなんとなく左に行けば、もの凄く大きなICがあると思うん
ですがねぇ」
ペリンガは言った。
奥へ進むと鐘の音が聞こえてきた。見上げると急斜の上に丸い屋根の教会の
屋上で鐘が紐を引っ張られてけたたましく鳴っていた。市場がいつまでも続き
中央には石畳が埋まっていた。右側には、丘を登る為の中央の模様と同じ材質
の階段があった。平丘の頂上の奥には、宮殿があった。葬儀の参列の帯は、頂
上の階段にあった。
「さぁ、これからどこに行く? ICや宮殿や、港まで行かなきゃならないん
だろ? どっちから先に行ったらいいか分かんないよ」
ウィズウィングルは首を下に垂らして、ため息をついた。
「葬儀は何時からなんです? 参列が先ですかね? 物凄い数の人が宮殿に集
まっていると思うんですが」
僕はバートンに訊いた。
「そうだと思います。世界中で葬儀のニュースを聞いていますからね。『ホケ
メダン』ではTVクルーがこの『ビチュアンゼ』を中継していて、葬式の様子
を国民に伝えているようです。あそこは此処より近代国と言われる所以が強い
でしょう」
とバートンは答えた。
「TVクルーはどこかな? 直前リポートでここら辺をうろちょろしてないか
な?」
「お前、記憶が無いのによくTVクルーのことを知っているなぁ?」
僕は顔を下に向けてソフサラコマに訊いた。
「変な感じだな。なんかどんどん頭に浮かんでくるんだよ」
ソフサラコマは言った。
「お前はオスかメスか分からないなー」
ペリンガはからかった。
「オスだよ!!」
ソフサラコマは怒ってペリンガの頭を叩こうとした。
話を区切ると羊がとことこと右から歩いてきていた。続いて商人の格好のし
た黒い皮膚をした男性が羊を追いかけて歩いてきた。その後を羊の群れが追い
かけてきた。
「砂漠かどこかから連れてきたのかなぁ? あそこにはラクダもいるみたいだ
し。海外から来た人が多いね? こういう時を狙ってずるい商売人は商売に来
るんだよ」
ソフサラコマは独りでに呟いた。
「それは確かにそうかも。ああいう人って情報が入るのが早いから。しょうが
ないっていったらしょうがないけど」
僕は言った。
「では1.ICから行ってみましょう」
バートンは左斜めを指差した。
「高速にすら乗れないのは分嘗ているけど、取りあえず今後の為に。私は運転
免許証を持っているんですけど、もし無断で『ドゼルの半島』を越えてしまっ
たら、私の免許証は無期限で使用禁止にされるでしょう。今はこの世界にいる
場所はないんです。『ルダルス』に行って、体勢を整えた後に『パシキゾーフ』
に乗り込みましょう。あなたが言っていた通り、リギーの裏で糸を引いている
のはTV局のオーナーです。『ホケメダン』に行って……、何だ!?」
大きな地震の後、教会が光って爆発した。人々の悲鳴が飛び交う中、教会の
瓦礫が吹っ飛んでいった。何発かの爆弾が丘の坂の建物の中で爆発した。宮殿
にいる人以外、ほとんどの人が逃げ惑っていた。
悲鳴と喧騒が続いていた。白い煙が上から降りてきて町の中を襲ってきた。
僕達は流れる方向に逃げていった。煙が道を飲み込んでいった。門の前に人だ
かりができていた。門を叩く人。肩に乗って叩く人。しかし門は開かなかった。
「大変なことになった!!」
ソフサラコマは大騒ぎした。バートンもラロレーンも後ろを振り向いて迫り
来る煙を眺めていた。
「どうする!?」
ソフサラコマが叫んだ。
「道がないんだ!! このまま押し潰されて死ぬか人の騒ぎに負けるかどちら
かだ!!」
僕は叫んだ。
僕達はテントの張った店屋の隅を通り抜けて草むらの生えた壁の前に立ち塞
がった。
「ちくしょう!! 行き止まりだ!! このままじゃ死んじまう!! 何か方
法はないのか!!」
僕は声を上げた。
「もう一度門の前に戻ってICの方へ逃げましょう!!」
バートンは手で方向を指して大声を出した。
ゴゴゴゴ……、という強烈な音が僕達の会話を掻き消した。煙に飲み込まれ
る前にICの前のテントに逃げ込んだほうがいいと僕は考えた。全力で駆け出
し砂に飲み込まれる前にゲルのようなテントに全員で逃げ込んだ。突風が吹き
通って壁に跳ね返って入り口から入ってきた。僕達は目を閉じて息の苦しい中
で耐え続けた。すぐに止むと突風が外で渦を巻くのを見ていた。台風のような
音だった。テントの端がビラビラと震えてポールが外に見えて、下から風が容
赦なく入ってきた。
「うわぁぁぁ!!」
ソフサラコマとペリンガは突風に飲み込まれて目を押さえて悲鳴を上げた。
「大丈夫か!? 今助けてやる!!」
僕とラロレーンとバートンはうつ伏せに覆って彼らを助けた。ポールの刺し
てある地面が盛り上がった。微かに目を開けて、
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史