ジェスカ ラ フィン
重歯を回してみた。すると石像は杖を水平に振り下ろし、僕の肩の上の壁を突
いた。部屋全体の壁が揺れて下から水が染み出てきた。地面が柔らかくなると
僕の立っている場所が沈んだ。と、突然ソフサラコマは僕の足元へやって来て、
地面を掘り始めた。屈んで一緒に壁の前の.と化した地面を前に掘り進めた。
すると隙間を発見して、僕達は前方の部屋に身を食い込ませた。その部屋に入
り、上を見上げると、天井は青い星へと伸びており、4方の壁には取手がつい
ていて、それらはずっと青い星の彼方まで続いていた。僕はソフサラコマを肩
に乗せ、取っ手を上っていくと、青い星のように見えていたのは空だった。
屋上に上がると、縁に腰を下ろし、足をぶらぶらさせて下の渓谷から上がっ
てくる冷たい風を浴びた。前方から左側に亀裂の入っている渓谷は、霧のかか
った山々にまで伸びていた。
ソフサラコマは僕の顔を見た。
「試練の神が試している。飛ぼうよ。君より僕が上手く着地に成功したらどう
する?」
「いくらでも払うよ」
「お金なんて持ってないくせに。代わりに人参くれる?」
「あぁ。教会の畑の人参を全部あげるよ」
「ホント?」
「うん」
「じゃあ君から飛ぼうよ。チャレンジだ。僕たちを運命の神様は試している」
僕は一度立ち上がり手で勢いをつけ、膝を縮めて屋上の縁の角に、足の裏の
土踏まずを当て、斜め上空にジャンプした。不思議な感じがした。空気が落下
の速度を落としているようだった。そして僕は最後にはゆっくりと背中から砂
の山に埋まった。暫くすると空から降りてきたソフサラコマが手を引っ張って
其処から出してくれた。塔の周りは砂の山で覆われていた。僕は塔の外壁のと
ころまで歩いてそれを撫でてみた。肩の力を抜いて降り立った場所まで歩いて
行き、ソフサラコマに、ありがとうと言って、その先の道を歩き始めた。
途中の「ヤタランタ通行所」と看板に書かれた小屋の中にイヤリングをした
中年男がいた。黙って通ろうとすると彼は僕達に話し掛けてきた。
「私は北の『ハヌワグネ時計工場』からヤタランタ通行所の管理を任されたノ
ェップという者です。何か御用ですか?」
「.は道に迷っています。地図も持っていませんし。どこかに大きな町はあり
ませんか?」
と僕は答えた。すると男はやりかけの書類を立てて角を整え、1番上に判子
を押して丁寧に机に置いた。
「町に行くためには滞在するための許可書とこの渓谷の出口の通行手形を工場
長にいただく必要がございます。ここら辺は物騒ですから」
「そんなに物騒なのですか?」
僕は訊き返した。
「えぇ。最近私達の工場で盗賊団による盗難事件がありまして。工場に置いて
あった宝石が盗まれたのですよ。時計の飾りにする宝石です。通報した翌日、
新聞にウチの工場が記事に載りまして。警察が現在行方を追っているんです」
「それは大変でしたね。被害はそれで済んだのですか? 今も新聞で騒がれて
いるのかなぁ。警察は彼らを追っているって末当かな?」
「えぇ。末当です。工場に毎日配達される新聞紙を見てみると盗賊団は各地で
盗みを働いて西へと逃げているそうです。彼らが末当は何を探しているのかも
分かりませんし、何処へ向嘗ているのかも分からないと報じています。我々の
工場も被害を蒙ったわけですし早く捕まってほしいものですね」
僕とソフサラコマは顔を見合わせた。ソフサラコマは僕の顔を見上げたまま
にっこりとしているだけだった。
「なぁ、何か喋ってくれよ」
僕はソフサラコマに頼んだ。するとソフサラコマは頭を掻いて通行所の外窓
の机に飛び上がり、足で指紋と汚れで曇ったガラスの扉を開けた。
「雑草も抜いてないだらしない通行所は初めて見たよ。君もその盗賊団とやら
と同じ匂いを感じるのはなぜかなぁ? 僕にシルクハットとステッキをくれ。
金がないのだ。工場や町でパフォーマンスをするからギャラをくれないかな
ぁ?」
ソフサラコマに自信の漲った瞳で睨み付けられたノェップは後ろの末棚へた
じろぎ、頭より高い位置にある末を2、3冊落としたが汗を拭いて慌てて末を
片付けると 気を取り直してもっと上の高さにあるガラスの扉を開けてソフサ
ラコマに言い返した。
「…何を言うのだね、君は…シルクハットなんかないが工場で楽しい催しをし
てもらえるのなら喜んで君達を『ハヌワグネ時計工場』に御招待するよ…この
近くにはホテルもないし、お腹も空いただろうし、日も暮れてきたからよかっ
たら工場長のお屋.に泊ってはどうかな? お金のことなら工場を抜けて渓谷
を越えて森を通って道を進んでいけば大きな町、『ドドルーン』があるよ。そ
こに行くには通行手形と『ドドルーン』の滞在許可書がいるけど通行手形は工
場長の許可があればすぐに取ることができるし、『ドドルーン』を見学するに
はお金がかかるけど頼み込んで町で仕事をすればすぐだ。『芸術国ビチュアン
ゼ』になんて行ったら大変だ。滞在費が馬鹿にならない。まだ君達では稼ぐこ
とができないだろう。とにかく今日は屋.に泊まって、明日パフォーマンスシ
ョーとやらをやってもらえんかね? 必要なものがあれば用意してあげるから」
とノェップは腰に手を置いて鼻息を吐いた。ソフサラコマはノェップの腹に
視線を落とし、目を細めた。
「君の態度が悪かったからちょっと言ってみただけだよ。末気で思ってない。
ごめんね。あいにく今日泊まるところがなかったからとても嬉しいよ」
するとノェップは笑顔になった。
「ではすぐに行きますか? それとも工場へ行く前の別れ道のすぐ先にある
『チャイタル天然温泉』で1汗流して行きましょうか?」
「あぁいいねぇ。じゃあ風呂上りに食べる人参でも茹でて持ってきてくれ。摩
り下ろして、ジュースにしたものでもいいけど」
「…分かりました。工場で作ってきてお持ちします」
「うん。ありがとう。ジュースはお風呂に入っている時に飲みたいな。体を洗
った後に持って来てくれる? うーん…10分後ぐらい」
「それは無理です…」
ソフサラコマの話を聞いていると疲れていたことなど忘れてしまったような
気がした。暫くして窓の机から飛び降りて僕の顔を見上げたソフサラコマは、
「さぁ、行こう」
と僕に声をかけた。服掛けからコートを取り猫背になって袖を通して襟を立
て、黒い革の鞄を持ったノェップの作業を見ていると、.し不気味に映った。
それからノェップは誰か若い者に電話を掛け、
「交代だ。至急来てくれ」
と厳しい表情に戻して喋って電話を切った。通行所の入り口に立っていたも
う1人の男に声をかけ、
「.ししたら替わりの者が来るからそれまで誰が来ても通さないように」
と忠告して小屋に戻りコートのポケットから鍵を取り出して錠をかけた。振
り向いて鍵をポケットにしまい一度精神統一をした後、ノェップは笑顔を作っ
て、
「さぁ行きましょうか」
と先頭に立つと、僕とソフサラコマを促した。僕とソフサラコマは黙ってノ
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史