ジェスカ ラ フィン
ートンは」犬は突然にやけて話し始めた。
「天才ピアニストラロレーンのことかい?」
ソフサラコマは犬に尋ねた。
「うん。そういう意味もあるけれど眠る時に鍵をかけなくてもいいぐらい安心
だって言いたかったんだ。そのくらいこの町に住んでいると危険なことがない
ということさ」
犬は飛び上がって灯りの横に立った。着地した時に起こった風で低い丸テー
ブルの蝋燭が揺らめいていた。
「…ということは『ビチュアンゼ』へ行くつもりなんだね。『ビチュアンゼ』
には『パシギゾーフ』に向かう高速道路が延びているけど、今朝ラジオのニュ
ースでビチュアンゼの政府がICを無期限で停止すると発表していたよ。なん
でもヘノルム王が盗賊団のリギーに殺されたらしいんだ。王国に代々伝わる泡
の杖を奪って逃走したという。リギーはその泡の杖を使って『ドゼルの半島』
の岬で泡を作って『ターピスの島』へ渡って行ったらしい。島には『イージュ
の町』と、『ペクノの灯台』と、現在は盗賊のアジトと呼ばれている『ジャト
ジャス遺跡』がある。遺跡には『ルダルス』へ行けるという祭壇がある。君達
のような旅人が現れるのをずっと待っていたんだ。どうだい? 君達の目的は
『ルダルス』ではないのかい?」
バートンの含み笑いはソフサラコマと僕の確信を突くものだった。
僕達はしばらく黙っていた。彼が話し始めるのを待っているだけだった。犬
がバートンの顔を見上げた。
「昔大学の天文学研究.で、ルダルスについての古い文献を研究していたこと
があるんです。大変興味深かったのでまとめ読みしました。古代創世記のダワ
記に出てくる言い伝えによりますと、世界の何処かにあったという12月の森
という森に腰を下ろしていたという大工の大巨人、モドアモゼが聖馬、ケーン
ラに乗ってルダルスの大陸の原型を作り出したと伝えられています。ジャトジ
ャス遺跡の天へ駆ける歳月の部屋には12個の月の石が収まっています。祭壇
の台には石を収める穴があります。13月の玉は伝説の怪盗、ジャックが隠し
たと言われているのです。ジャックは昔、ホケメダン演劇界・映画界の大スタ
ーで、悪さを働いて死刑になってしまった後の世でも、根強いファンが世界中
にたくさんいるのです」
「…」
僕は言葉を詰まらせた。
「うむ? 長い話になりそうですね。ここじゃなんだから、台所に行ってお茶
でも飲みながら、お話しましょう」
「意味が分かりませんか? すみません。『ジャトジャス遺跡』の天上への祭
壇の話は別として、あなた方は既にリギーの罠に嵌っているのです。『ドゼル
の半島』から『イージュの町』のある『ターピスの小島』までの連絡船はとっ
くに国の政府が閉鎖しています。『ドゼルの半島』の上の港には警察が警備を
布いています。『ビチュアンゼ』から走っているバスも運行を停止しています。
城下町は、至る所に私服警官を置いて不審者がいないかどうかチェックをして
います。『ドゼルの半島』には、伝説に記されていた通り、盗賊によって泡の
橋が作られてしまいました。.に走る、『ビチュアンゼ―ホケメダン間』は完
全封鎖です。『ハヌワグネ時計工場』の屋.に盗賊団の下っ端潜り込んで来た
ことは数日前ニュースで知りました。工場長のおいのノェップも事件に関わっ
ていて殺されたのは末当にそうなんですね。あなた方を襲ったのでしょう?
きっと手下を工場に送る前からあなた方が生き延びることを承知していたので
すね? …今日の夕方にはへノルム王の葬式があります。宮殿での儀式の際に
ラロレーンは大参列者の前で曲の演奏をします。私は.は彼のピアノの調律を
して来た後に、国の宮殿でピアノの修理をしなければならないのです。他の
国々から船で特別にやって来る調律師らと共に。一般人には封鎖していますが
各国の著名人や国王のご友人や大富豪や貴族などの参列の為に片道の3つある
うちの高速道路を1つだけ開放して、ビチュアンゼに通しています。私と彼に
ついていけば『ビチュアンゼ国』に潜入することができます。さっそく北方の
『ハノスマトセの泉』の森のラロレーンに会いに行って用事を済ませ、彼を連
れて『ビチュアンゼ』へ参りましょう!!」
バートンは飲みかけのコーヒーを1気に飲み干してカップを、音を立てて置
いた。膝に座っている犬がワン、と吠えた。
「…きっと盗賊団にノェップから情報が知れ渡ったんだよ」
ソフサラコマはその顔のままぽつりと呟いた。
「どうしてはリギーっていう奴は、へノルム王を殺したりしたんだ?」
僕は困惑した。
「おそらく泡の杖で鰐のトーワラを復活させる為でしょう」
バートンは深刻な表情で答えた。
「トワーラって何者だ?」
ソフサラコマがバン、と音を立てて机に両手をついた。
「古代の伝説上の怪物です。『ドゼルの半島』で泡の橋を架け、泡の杖に雷を
叩きつけると、杖が闇に包まれていって、トワーラが生まれるのです。トーワ
ラは、5000年前に神の化身によって封印されたと伝えられています。人間
の顔、鱗が鰐の上半身、馬の首から下の胴体が下半身の魔物です。右手には巨
大な樫の棍棒を持ち、どこまでも追い掛けてきて確.に獲物を仕留めるのです。
復活させた者の下部になることはありません。自分にとって必要な物事だけ、
すぐに吸収してしまうんです。トーワラが国々や町の中で暴れたら大変です。
復活を阻止するのは不可能です。リギーはおそらく、トーワラを利用し、世界
を我がものにしようと企んでいるのでしょう」
バートンも険しい顔になった。腕組みをすると唸った。
「『ルダルス』に行きたいんだ」
ソフサラコマは強い意志をバートンに伝えた。
「結局、西の『ターピスの小島』にリギーや盗賊団やトーワラがいるのなら、
奴等をどうにかしなきゃジャトジャス遺跡には行けないようですね」
僕は意見を述べた。
「リギーは石を受け継ぎ、『ジャトジャス遺跡』の守り神として崇められてい
たのです」
「石を『ジャトジャス遺跡』の祭壇の台に嵌めると、ルダルスへの階段が開け
るんですか?」
「もう1つ条件があります。天上人が認める者のみ、その階段を上がる資格が
与えられるのです。資格がない者には、真っ白な壁が空へ延々と続いているの
が見えるだけです」
「……」
「あなた方はリギーに選ばれていると解釈してもよろしいでしょう。彼はあな
た方の為に『ドゼルの半島』に橋を作り、連絡船を停止し、通行を封鎖したの
です。『ターピスの小島』には『ジャトジャス遺跡』があり、其処は『ルダル
ス』への階段ともなる場所です。彼は君達を試していると言っても過言ではな
い。古の力を信じ、それを現.化させようとしているところは彼も君達もそし
て私も変わらないからね。日が.の空まで上がって来ているようだ。詳しい話
はラロレーン君も混ぜて、道中で話をしよう。もう出掛けよう。デダロンズ町
長も私達がラロレーン君の家へ行くことはとっくに気がついているはず。デダ
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史