ジェスカ ラ フィン
デダロンズはカードサイズの許可書に押す判子を用意していた。
許可書を受け取った後、ペパーンチに薦められて彼の自宅に近いホテルに宿
泊することになった。役所は11時に終わり、仕事を終えたついでに教えてく
れたのだった。
ウィズウィングルは入り口横にある厩に入れてもらった。2階建ての石造り
のホテルの部屋を取った。
翌日ドドルーンで馬を飼っている人から飼葉をもらいウィズウィングルに食
事を与えた。ソフサラコマは早起きをしてホテルの屋根の上で遠くの空を眺め
ていた。食事だと呼ぶと降りてきて、ウェイターが運んで来た朝食を食べた。
朝方に静まった酒場に入ってみると女将が瓶を片付けていて、人が入って来
たことを知ると表情を変えて近寄ってきた。
「今から飲むのかい?」
ウィッフという女将は疲れているのももろともせず満杯の瓶箱を両手に持っ
て奥に積んだ。
「いえ、ちょっとラロレーン青年のいるという泉の場所を知りたいんですが、
ご存知ですか?」
「…あぁ、ラロレーンかい? …あんまり言いたくないんだけどねぇ、彼はこ
のドドルーンから川に沿って北へ上がっていった森の奥深くにいるよ。川が
『ハノスマトセの泉』に繋がっていて、森の周りは田園が広がっているんだ。
玉葱畑なんだけどね、ジャガイモも作っているけど、遥か西方の『ビチュアン
ゼ』まで畔の道に沿って並んでいるんだ。玉葱は世界一の生産国なんだよ、こ
の地方はね。他の作物は『ビザジズドー』に負けるけど」
「青年の面会はデダロンズ町長によって禁止されているんですか?」
「いや、それはされてないと思うよ。彼が1人で引き篭ったんだよ。食料も家
事もみんな1人でこなしてるんだ。作曲で稼いだ金で畑を買って従業員を雇っ
てるのさ。彼の用事を頼まれてこの町へ使いに来る者もいる。1日中ピアノ部
屋に篭って練習と創作をしている。観光実のせいで痩せこけ、青白くなっちま
ったのさ。誰も近付かない。泉のほとりの小屋で、ひっそりと暮らしている。
小屋の奥の細道を抜けると、亡くなった父親が使っていたというピアノが置い
てあるんだ。そこには夜中になると父親が亡霊になって姿を現して夢の幻の曲
を弾くと言われているんだ。怖さのあまり、誰もあの森にはやって来ないとい
うのにはもう1つ理由があったんだよ」
「家族の鎮まっていない魂の幻が作り出すものなんですかね?」
僕は真剣な表情で訊いた。
「さぁ、どうだろうね。デダロンズ町長への怨念だと誰でも思わずにいられな
いよ。1家も町長の陰謀で殺されたって言うし。外に置かれているピアノには
調律師が月に一度通いに来る。町の調律師なんだけどね、なんでも『ビチュア
ンゼ』の大学から『ホケメダン』の音楽大学に編入したらしいよ。卒業後この
町にやって来て、天文学関係の研究を続けているんだよ。酒場にもたまに来る。
インテリ眼鏡をかけていて長身で、お気に入りの茶色の外套を毎日来ているん
だ。彼の家はラロレーンの生家と向かい合わせのところにあるよ。間には町の
出口がある。一度訪ねてみてごらんよ」
外に出てソフサラコマに事情を話すと、ウィズウィングルが行きましょうと
言って大通りへ戻ってラロレーンの家へ向かった。煉瓦が使われていた玄関の
屋根が1際前に出ていた家だった。観光実がざわざわしていた。対照的に調律
師の家はしんとしていた。青い色を全体的に使った建物でウィズウィングルを
止めて玄関のチャイムを鳴らした。誰も出てこなかった。試しに扉を引いてみ
たが開かなかった。
「いないのかな」
ソフサラコマが首を傾げた。
「うーん。どこに行ったんだろう」
僕は下顎に僅かに力を込めた。
ソフサラコマは建物の後ろに駆けていった。
「おーい、裏口が開いているぞ!! どうやら家の中にいるみたいだ!!」
「鍵を閉めるのを忘れていたのかもしれないだろ?」
僕は家の外壁から姿を出してソフサラコマに聞こえるように叫んだ。
「私はここで待っています」
ウィズウィングルは両足を揃えて言った。
裏口へ回って行くと、ソフサラコマが埃の付いた木戸を開けて押さえて立っ
ていた。低い垣根がきれいに刈られた庭があった。僕は一度止まった。
「やっぱ入るのはよそうよ。調律師に強盗だと町長に突き出されたら大変なこ
とになる」
ソフサラコマはふわふわの手をカモン、という風に体を曲げて動かした。
「大丈夫だって。僕の推測では彼はデダロンズとは何も繋がりは無いような気
がするから。彼は中にいるよ。『うん? 誰だ君達は?』って聞いてきたら、
ちょっとお訊ねしたいことがあるんですが、って答えればいいんだよ。『出て
行ってくれ!!』って癇癪を起こしたら、『貴方宛のハヌワグネ時計工場のド
ゥニン工場長の紹介状があるんです』って嘘で仕返せばいいんだよ」
ソフサラコマは頭を使った後の笑い方をした。部屋には檜の年季の入った机
の上に青い瓶があり、椅子があって石造りの台所があった。やっぱりソフサラ
コマの意見が正しいと思って戸を閉めて右のドアを開けると壁が部屋のように
膨らんだ通路がありその奥に普通の近代的なキッチンがあり、入って左の部屋
を覘くと茶色のチェックの入ったカーテンを閉め切って暗い部屋で豆電球をつ
けて古い分厚い末の内容を紙に写し末を読み返してを繰り返している学者風の
男がいた。ソフサラコマに代わって先頭に立ち土床の部屋の入り口に立って、
「すみません」
と挨拶をした。
「お仕事中申し訳ありません、僕達は.から来た者ですが、ちょっとお尋ねし
たいことがございます。よろしいでしょうか?」
30代ぐらいの男は、気がついて高い鼻の上に乗っ嘗ているインテリ眼鏡を
上げた。そして安心な人だと分かると笑顔になった。
「どうも、私の名前は?バートン?と言います」
バートンは回転椅子を動かして話し手の方向に体を持って来た。確かに男性
は茶色の外套を着ていた。サンダルを履き、皮の黄土色の長ズボン、茶色の長
袖、ゲートルに手っ甲をしていた。机の陰から足をすっと伸ばした小柄な犬が
姿を現した。タッ、と彼の膝に飛び乗った。
バートンは犬の頭を優しく撫でながら話した。
「この犬は頭がいいんです。僕が若い頃から一緒に勉強しているから。今では
僕の優秀な弟子です」
「ワン!!」
犬は口を大きく開け目を閉じて答えた。
「あなた方の裏口での話し声をここから聞いていましたよ。なんでも『ハヌワ
グネ時計工場』のドゥニンさんの紹介状を私に見せようとかという」
犬は甘えてコートの1番上のボタンを口で引っ張ったりして遊んでいた。
出そうとする言葉が.し詰まったソフサラコマが僕の立ち位置に並んで言っ
た。
「よ、よくご存知ですね…聞かれていることに気がつかなかった…」
「いいんですよ。私が昨日起きる時に玄関の錠をかけたままにしていたせいで
すから」
「この町全体が、外から鍵をかけられているみたいだねと言いたいんだよ。バ
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史