ジェスカ ラ フィン
「うん。僕が見た限りでも君は優れた才能が溢れているようだね。なんなら、
『ビチュアンゼ』から『パシキゾーフ』の高速道路を通って、そのまま『ホケ
メダン』に行けばいいんじゃないですか」
「うん…でも誰も免許持ってないし、船か何かで『パシキゾーフ』まで行こう
と考えてたんだけど」
「確か『ビチュアンゼ』から『パシキゾーフ』までバスが出ていると思いまし
たが」
「末当ですか?」
「なら大丈夫だよ。高速バスの料金がいくらか分からないけどお前が『ハヌワ
グネ時計工場』で稼いだ金もあるし。足りないならこの先の『ドドルーン』で
働くし」
「その袋に入っているお金全部ですか? すごいなぁ。おそらく0分足りると
思いますよ。ただ荷台式のバスに乗らないといけないかもしれませんが」
「僕のせいだって言いたいのかよ…」
ウィズウィングルは目を細めて悲しそうにエニヨンタを睨み付けた。
「あっ!! 違います、違います…」
エニヨンタは慌てた。
僕は気を取り直して質問してみた。
「ここはなぜ、谷のようになっているんですか?」
彼は汗を拭いて答えた。
「1500年前にこの場所に隕石が落ちたからです」
「へぇー…」
ソフサラコマは軽く頷いた。
「この村に住んでいた笛吹きと釜焼きで有名な男性?シンラーク?と、村1番
の染物屋の女性、?ホチョーチ?が結婚前夜に亡くなってしまったのです」
「悲しいお話ですね」
僕は真剣な表情になった。
「えぇ、隕石が2人の運命を引き裂いた、とでも言うんですかねぇ。隕石が無
くなった後、村は再興され、我々の先祖が住み始めたのです。シンラークが作
った歌と、ホチョーチが作ったと言われている楽曲は、今度の大祭で島を祀る
1つの儀式の時に、2人への気持ちを込めて、お披露目され、演奏されるので
す」
「僕達もその『キササパルス』のお祭りに行こうか?」
ソフサラコマは僕達に振り向き訊ねた。
「ホケメダンに行くにしても、ルダルスに行く手がかりを掴んだとしてもさ」
「…『ドドルーンの町』の?ラロレーン?という有名なピアニストをご存知で
すか?」
エヨニンタはいきなり話題を変えて尋ねてきた。
「『ハノスマトセ』の泉のほとりの丸太小屋で1人篭って作曲しているという
…」
「えぇ。知っていますよ。『ハヌワグネ時計工場』にいた時にドゥニン工場長
から話を聞いたんです。なんでも、その.年の許婚の父親のデダロンズがその
町の町長で、彼の名声を利用して町を観光名所にしたという、ひどい話でした
が」
「そこまであなたは知っているんですか」
エニヨンタは腕を組んで.し黙りこくった。
「許可書を考案したのも、それを使ってラロレーンを脅迫し『ドドルーンの町』
を訪れる人々に見せびらかせていたのも、あのデゾー率いるダズバクルフ盗賊
団と密接な関係を持っている町の町長なんですよ。事情を知っている者は追い
出され、『ビチュアンゼ国』などに逃げたりしています。旅人の情報量の多く
持っている僕等『タギラメの谷』の民も、よほどの事情がない限り、迂闊には
近づけない」
「彼らのアジト、って『ドドルーンの町』の.の森の中にあるんですか?」
ウィズウィングルが訊いた。
「いえ、先日此処を通った旅人によりますと、なんでも、盗賊団と関与してい
た『ハヌワグネ時計工場』の男が殺されてから部下が危ないと仲間に伝えたら
しくて、即刻、『ビチュアンゼ』国半島の西のターピスの小島にある『ジャト
ジャス遺跡』に撤去したと言っていましたよ。入り江の近くには町があります。
最近町の北方に灯台が建ったという話もありますが、あの小島は半分怪盗団の
領土になっていて、囚人や盗人が住んでいてまともな人間はいないんですよ。
おそらく、あと秘密を知る仲間が1名でも死ねば、盗賊団はこの島へ攻撃をし
かけてきて、大きな事件が起こってしまえば、国は安全と厳重に対処するため、
高速道路を封鎖しなければならないでしょう」
「そんなことになったら大変だ」
僕はソフサラコマに注意を呼びかけた。
「やっかいなことになりましたねー」
ウィズウィングルは眉をひそめた。
「『ドドルーンの町』を避けて通ることができれば問題ないんですが、あいに
く上の道しかないんですよ。『ドドルーンの町』で何も起こらなきゃいんです
が」
「『ドドルーンの町』へ行こう。紹介状はデダロンズに渡せば許可書をくれる
はずだ。『ビチュアンゼ』へ行くための通行所みたいなもんだけど、必要な情
報だけを集めて、さっさと通り過ぎようぜ」
「分かりました。ではさっそく出発ですね」
「貴方とも祭りの時にお会いできるかもしれません。その時までごきげんよう」
僕はエニヨンタに頭を下げた。
「祭りはあと4週間ほどで始まります。『キササパルス』では、年未から祭り
の準備をしているのです」
ウィズウィングルはソフサラコマのために腰を下げて飛び乗らせた。
「ありがとうございました」
エニヨンタに別れを告げると、緩やかな狭道を登った。彼は、僕達の姿が見
えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。
坂道を上がっていくと、?ビチュアンゼ←→ダギラメの谷?という横向きの
木製の看板があるのを見つけた。いつの間にか国領に入ったことに気付いた。
さっきはその看板があったことに気がつかなかった。エニヨンタから分けても
らった井戸の水を皮袋の木製の蓋の口から逆さに出して、ウィズウィングルの
気が済むまで飲ませた。ソフサラコマも飲んでいいかと聞いてきてウィズウィ
ングルの次に飲んだ。最後に僕が残りの水を飲んだ。冷たくておいしかった。
草原が続いた。右側の草原の彼方は花畑が黄色い線になって続いていて、そ
の上に青い光の海が見えた。小鳥の鳴き声が絶えず聞こえていた。細い林を越
える前とは違った薄い土の道を太陽の光が照らしていたが、別段気にしないで
歩いた。
夕暮れになった頃に前方に、田園地帯が見えてきた。トラクターが煙を巻き
上げて日暮れの中をガタガタ震えながら走っていった。雲が真っ赤に焼けて空
に溶けていった。僕達は田園地帯から遠ざかった。
鈴の音が聞こえる道沿いの草むらが切れた川を渡ると遠くの盆地にオレンジ
色の灯りが点っているのが分かった。月は夜空にはっきりと浮かんでいて、影
が後方に伸びてウィズウィングルの尻尾が揺れていた。水車が回っていた。蛙
の鳴き声が辺りから聞こえてきた。このまま立ち止まらせてじっと聞き入って
いようかと思った。
急カーブを回ると「ドドルーンの町」に着いた。鈴虫の音と蛙の鳴き声が聞
こえて青い夜の空を遠くに感じさせた。「ドドルーンの町」の門には兵士が1
人立っていた。鉄柵の向こうにはブロック塀に囲まれた町並みが広がっていた。
町の中からも鈴虫の音が聞こえているような気がした。入り口まで歩を進める
とゆっくり兵士が近付いて来て槍で地面を突いて、構えてソフサラコマと僕の
間を刺そうとした。
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史