ジェスカ ラ フィン
きて鉄パイプを持ったノェップがきちがいじみた顔で荒息を立ててドアをぶっ
叩いた。
「屋.の奴らにはこいつに頼んで睡眠薬を食事の中に混ぜておいたのさ。盗賊
団の手下はやられたがこの俺様がお前達をぶっ殺してやる! .悟はいい
か?! 行くぞオラァァァァ!!」
殺気の溢れたノェップは狭い部屋をもろともせず駆け出してきて長い腕をか
ざして鉄パイプを僕とソフサラコマに振り下ろした。僕達は上手く避けるとノ
ェップの鉄パイプは窓ガラスをバラバラに打ち砕いて、鉄パイプを抜いた勢い
でガラスの破片ごと飛ばして僕達の脳天に叩きつけようとした。ソフサラコマ
は壁を蹴って気合を込めてキックを入れた。しかしにやけたノェップは軽々と
ソフサラコマの攻撃を避けて落下していく地点に鉄パイプを振った。必死の思
いで両足を引っ込めたソフサラコマはすれすれでノェップの攻撃をかわした。
すると同時に後ろからノェップの拳が飛んで来た。上手く体を捻らせたソフサ
ラコマはベッドの上に落下し、顔を歪めて倒れた。口から前歯を出して荒い呼
吸をしていた。
「ソフサラコマ!!」
僕は叫んでソフサラコマを庇いに行くと、待ってましたと言わんばかりにボ
ールを打つような格好になって僕の脇腹を狙おうとした。僕は反射的にしゃが
んでソフサラコマを胸に抱き、ノェップに蹴りを入れてテーブルの横の壁へ突
き飛ばした。
「この野郎!!」
歯を剥き出して襲いか嘗てきたノェップに、僕の胸から飛び上がったソフサ
ラコマが顔面に頭突きをした。声を上げてふらつくノェップに僕はすかさず、
ノェップの右手から奪った鉄パイプを握りしめて脇腹に叩き込んだ。ノェップ
は上体を崩して窓からガラスを砕いて落下していった。鉄パイプを放り投げて
外を見てみると、ノェップは体中傷だらけになっていて死んでいた。飛び散っ
たガラスが、月に照らされて輝いていた。
ノェップが部屋から落ちて死んでから暫くして、見回りをしていた中年の女
の給仕が荒れ果てた寝.とボロボロになった僕達を見てドゥニンを呼び起こし
に行った。朝がゆっくりとやって来ていた。渓谷の彼方から飛んできた、鳥の
鳴き声が聞こえた。ドゥニンが「ドドルーンの町」から呼んだドクターから治
療を受け、給仕に部屋を片付けてもらっている間、僕達は.接間に居た。わざ
わざ早めに用意してくれた朝食を済ますと、とある給仕から、
「工場長の部屋へいらっしゃって下さい」
と、ドゥニンから伝言がありましたと伝えてもらった。
破けた衣服を縫ってもらった後、ソフサラコマと僕は2階に上がってドゥニ
ンの部屋のドアを叩いて失礼します、と言って丁寧に開けた。眩しい日差しの
入っている部屋でドゥニンは、通行所の通行書と町への紹介状を机の僕達の見
える方向から1番近い端に置き、黙って両手を組んで鼻の頭までの高さまで顔
をそこに隠していた。目を閉じ、パイプからは煙が立っていなかった。
「ドゥニンさん…」
「…どうやら私はとんでもない過ちを犯してしまったようだね。ノェップを疑
いもせずに闇の世界で働かせておってしまった。経営のことばかっかりに意識
が行ってしまって、ノェップの末当の素顔を見抜いていなかった…」
「先ほど『ドドルーン』から来た警察団の車に、キノストツラさんとノェップ
さんの遺体が運び込まれたそうです…」
絆創膏を耳に貼ったソフサラコマは彼に伝えた。
「給仕さんは僕達を襲う前に毒薬を飲んでいたらしいんです。投与して数十分
後に効果のある薬だそうです。事が済んだ後にドクターの方が彼女の部屋に入
ってみるとテーブルの上に薬の袋が」
「…きっとノェップが用意したものでしょう」
組んだ両手を机の上に置いたドゥニンは口を噤んだ。
「ノェップさんは盗賊団の一味だったんですかね?」
僕は尋ねた。
「それはなかったと思うよ。甥自身が、金の為に盗賊団に接近していたんだろ
うと思う」
「他にこの時計工場の中で彼や盗賊団一味の奴らに関与していた人はいなかっ
たんですか?」
「今、作業員の宿舎で『ドドルーン』の警察が取り調べを行っている。まだ報
告は来ないが、『ドドルーンの町』や『ビチュアンゼ』へ時計や機械をトラッ
クで届けている人間達は、1枚噛んでいると見ておいたほうがいいだろう。ど
っちにしろ、私の甥のノェップが君達を狙った張末人なんだ。謝らなければな
らないのは私の方だ」
「そんなことはあません」
僕はなんだか悲しい気持ちになった。
「今後、こういうことが2度と起きないように注意をしていればいいんじゃな
いんですか?」
「それはその通りです。僕も、襲われて死にそうになりましたがドゥニンさん
に非はないと思います。あなたの優しさにつけ込んできたのは彼らのほうです
よ」
「有り難う…」
涙を流してドゥニンは肩を震わせた。彼の紺の水玉模様の蝶ネクタイが僕達
への敬意を示していることに僕はやっと気付いた。
「もう出発します」
「…うむ。その方が良いだろう。警察には君達への取調べは取り止めてもらう
よ。君達は被害者だ。この時計工場であったことなんて忘れて、これからの旅
路の心配をなさい。『ドドルーン』にも危険が満ち溢れているかもしれん。気
をつけてくれ。最後に訊くが、君達は最終的にはどこに行こうとしているんだ
ね?」
ソフサラコマは胸を張って答えた。
「『浮遊王国ルダルス』に、です」
「そうか。頑張ってくれ。私は君達とは一緒に目的地へは行けないが、この時
計工場から幸運を祈っているよ。さぁ、この通行書と紹介状を受け取りなさ
い!」
「ありがとうございます!」
僕達は声を揃えてお礼を述べた。ドゥニンの背後の青空には、雲がぽつぽつ
と浮かんでいた。
エレームや給仕達にもお礼を言って、従業員の方々に頂いたお金と食料を布
袋に入れ、工場の裏口へと回った。トラックが何台も止まっていて、後ろの扉
を開けて作業員が品物を奥に入れていた。僕達の顔を見ると笑顔で手を挙げて、
それから頭を下げた。それに.えるように僕はソフサラコマと一緒に返事をし
た。工場の出口にはヘルメットを被った男性が立っていた。
「此方は運搬や来実の車専用の道です。歩行者の方は、再び渓谷に戻って頂い
て、壁道を進んで下さい。1昨日、昨日はご苦労様でした、どうか頑張って下
さい!」
「ありがとう!」
出口を過ぎるとソフサラコマは彼に手を振った。
.し急な坂道を上り、なだらかな道を左折して進んでいくと、切り立った崖
に囲まれた「ハヌワグネ時計工場」がいつものように煙突から煙を出し作業を
開始していた。時計工場の下には、1昨日、「チャイタル天然温泉」に向かう
時に見た川が流れていた。車道が下を走っていて、川と沿って続いていた。
暫く平坦な道を進んでいき、大きく右にカーブした先には「旧時計工場」の
先にあった「ヤタランタ通行所」とはだいぶイメージの違った通行所があった。
通行所の左の小屋でドゥニンからもらった通行書を見せると、若い男が、
作品名:ジェスカ ラ フィン 作家名:丸山雅史