transcendence
ちろちろと音を立てて。熱を持った口内.、煙草の煙と死骸。苦みと匂いだけ
を遺して、タクシー乗り場を虚空に向かって歩いた。過去の比喩表現から逃げ
るように、懸命に。早朝の睡魔が襲う牧場の牛。アコースティックギターはこ
う語る、「アキラメチャダメダネ」、六年前のあの日の早朝の世界の匂い。け
りを付けようとどんなに思っても忘れることができない僕はずっと苛められ
っ放しの独りきりなのだろうか? 不揃いな瞼を閉じれば、意識の無い世界へ
飛んでいけることだけが唯一の生き甲斐で…。
他者に酔って始発の電車で帰って来た車掌、新米の刑事、そっと僕の耳元で
囁く小型犬。人は死の間際に一体他者にどんな言葉を遺せるかが問題視されて
きた現代。立ち止まるとバランスを崩して死んでしまうチュロス。「ボクハマ
ダイキテイルヨ…」、規則的な瞬きをし続ける詩人、終わる物語、音楽。
永遠。其れは世界で指折りの山脈で在り、僕の脳裏に幾つもの其の映像をダ
ブらせる。薄れてきた無意識。弾け飛ぶ心臓、沈黙の三日間。寝不足の半日、
ひたすら自分を追い込んでいた僕自身を僕が諦観している。再び絶望に苛まれ
ても、きっとあの頃やあの時の感情には戻らないだろう。人生の間奏は何時か
ら始まるのだろう。外界と関係性を持っている時だけ、僕は素直になれるのだ。
決して殻に閉じ籠もって孤独に成れる訳ではないのだ。上書き保存を重ねる度
に得られる安心感。
渦巻く憂鬱。最年.のノミネート、ホット・カフェオレの眩暈、八月の海。
孤立した夕暮れの岬。十八、十九、二十…。長い年月隔てられていた僕。今な
ら大地、自然が共感してくれそうだ、僕はチュロスの上から飛び下り、瑞々し
い初夏の森の中を独り歩くのだ。耳を澄ませ、美しい世界の、複雑に咬み合わ
さる唄を聴く。
正常な感覚に戻りつつある。僕にはやはり文章が必要のようだ。だからデジ
ャヴでもいい、この人生を自らの努力で幸福にしたい。それは不可能か、それ
とも可能か? 端正な顔立ち達に霞む僕、溜息は煙草の代わりに。意地悪な妄
想に才能が勝る時、必ず僕のささやかな認識がやって来るだろう。肩の荷が下
りた後はこの世界の何処で何をしよう? これからの世界に、僕は二冊の自作
詩集を脇に抱え、好きな人生を送るのだ。上書き保存の呪縛から解放される時、
本当の安心感が得られると思うのだ。
revenge
この瞬間に書かなければならない詩を書く。すると脳に沈黙と静寂が訪れる。
そして思わずしゃぶり付きたくなりそうな満月と電灯に想いを馳せるのだ。僕
の想いは結局のところ、報われずに僕は死んでいくのだろうか? そんな未来
が絶望と共に待って居るのではないだろうか、自然に修復された瞼を閉じ、心
臓に冬がやって来て涙が凍りそうな程冷たく成るのを感じた、心象の中の僕は
生き生きとゴールデンレトリバーと共に雪原を走り続けて居るのだ。
沈黙が思わず溜息を吐く。僕は今浮かんだ心象をかなぐり捨てる。どんより
と沈んだ感情が青空の天辺に張り付く。僕は自動小銃の把手でゴールデンレト
リバーを殴り殺す。馬鹿が一匹ほざいて居る。彼は僕の持っている自動小銃を
受け取り、空気に解体されていく。暗い森が在る。憎悪を抱いたまま、寂れた
都会のような森の中を歩く。
天使を射殺、歯止めが効かぬ本性、僕は無実の罪のまま、天国に召される。
クリーム色の雲の上で、「淋しいんだよ」、と東の風が語り掛けてくる。医科
大学出の女とセックスをし、子供を儲ける。と、責め立てるこの感情が僕に言
う、「君は後悔していないのかい?」、やっと僕は自由に成れたんだ、だから
後悔などしていないね、と僕は反論した。糞喰らえさ。何もかも、馬鹿も。「そ
うかい…」。
長い心象の遍歴を振り返ることはしたくない。疲れた。.のように眠りたい。
心は素直に僕にそう語り掛けた。疲れた。何もかも、あらゆること全てに対し
て…。「天国は存在しません。在るのは、皆様だけの人生の中においてです、
そして同時に地獄もあなた達の人生の中に存在するということを、御忘れな
く」。そう小学校の倫理の教科書には載って在った気がする。其れは?僕?と
いう独裁者によって削除され、僕は其の後、ロマンチストに成った。
殺戮、殺戮、原子爆弾を使わずにひたすら殺戮。僕の両肩まで伸びた心象の
中で、僕はひたすら心象の心象を殺し続ける。もう、これからは本当の感情で、
本音を書き殴らなければ詩人として生きてはいけないね。どうやらそんなよう
だね。凡人の世界が右側に、狂人の世界が左側に在り、僕は凡人の世界に居る
が、其れ等の境界線を一跨ぎして、狂人の世界の住人と成る時がある。「キミ
の元恋人、精神年齢はキミより下、ガキだねぇ」、隣の狂人は嬉しそうにほく
そ笑んでそう訊ねてくる。「あんたは結局、何が言いたいんだい?」、そう訊
き返す前に、僕は隣人の脳天を鉄の斧で叩き割ってやったよ。そして其の死体
は狂人の馬鹿共によって何処か、北東の方へ担がれて行ったんだ。因みに、こ
の胸に宿る虚しさは一体何だろう??
まだ僕は完全に冷徹な人間には成れない。「このイカレっぷりが良いねぇ」。
死んだはずの隣の狂人は僕の脳裏でそう嬉しそうに笑い声を立てて訊ねてく
る。復讐。この二文字が駆け足で脳裏に飛び込んで来た時、僕は涙を流したね。
この?僕?に「復讐」の誓いを立てさせる程、不特定多数の馬鹿共は僕を追い
詰めたのだから。
僕の詩を読んだ死んだはずの隣の狂人は存在を完全に失った。鴎が鳴き声を
上げて港へとやって来る頃、僕はこの先進国を出国するだろう。誰も知らない
先進国へ。更なる知識を得て?復讐心?の溝を埋め立て、僕が偉大なる、?正
義?の独裁者と成る為に。詩人と成る為に……。
pool
水溜りを覗く姿が僕では無かった事。不思議。寝違えて首の筋を痛めた僕に
とって土曜日の午前は永遠ではなかっただろうか? 遠のいて行く大戦中の
灰色の心象、既視感から逃亡し続けるスパイダーマン、怒りの歌声。疲れ果て
た心には丁度良い、ホラー映画。水溜りを覗く姿が僕では無かったことへの全
ての感情。ショパンの黒鍵が奏でる二十四世紀の未来。世界中の朝市。其れ等
に合わせて移り行く感情、エベレスト山での独唱、人間の骨で造られた聖堂。
水が蕩けるように僕の世界へ流れて行く。
青い精神病院、上空を旋回する十.歳の僕と鷲。故郷の追憶と、地球の裏側
の吐き気のする声、売れに売れたクラシックのCD、黒縁眼鏡の永遠、胃液と
ゲップの匂い。僕はそんなものを求めていた訳じゃない。呪いに相.しい此の
不快感を文字として封印させてもらう。刹那の悲しみを永遠に転化して、僕は
詩人として生きて居るのかもしれない。もっと書きたいことが沢山有るんだ。
此の腐っていく脳味噌には。
律動にたゆたう心。律動に恵まれる歌手達、僕達は向こう側のプラットホー
ムで列車を待ち続けて、どの位になるだろう? 時間の概念さえ無い、此の砂
時計が引っ繰り返るだけの世界に、僕は己の処女詩集を線路の上の.に投げ込
んだ。
作品名:transcendence 作家名:丸山雅史