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transcendence

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て居る。観客席から笑い声や溜息が聴こえて来る。たまーに泣き声が聴こえて
来る。僕は生きて居る。海老が観客席上空の暗闇を泳ぎ、僕の心は重たくなっ
た。宇宙の星々がその僕の心の中で時計回りに渦を巻いて居て、暫く思索に耽
った後に欠伸をしたら、其れは想像力を失った僕から静かに消えてしまった。
僕と彼は木の下の枯葉を集め、マッチに火を灯して焚き火を熾した。

ゴドーを待ち続ける呪縛から急に早く解放されたくなったのは、ゴドーを待
って三日経った朝のことだった。照明の太陽は分裂し、それぞれが均等にこの
木製の地面を照らし続けた。それでも木枯らしは僕と彼の胸を叩きにやって来
るのだ。ニーチェが発狂した夜。吸い込まれるようにして思考がキーボードに
よって文字として具現化される真昼。眠たい朝。全てが時間によって解決され
る、そんな風に思っている僕が居た。鏡を歪める言葉の魔法、そんなものがガ
チャ目の僕に使えるのだろうか?

ゴドーを待ち続けて何年になるだろう。彼はとっくの昔に白骨化しこの木の
栄養分となってしまったし、僕も理想体重の六十八kgまで落ちてしまったよ
うな気がする程、がっつりと痩せてしまった。僕は今夜、何もかも全てが終わ
るような気がした。木枯らしが観客席の人間全員の死臭を運んで来て、僕の右
耳で悪口を囁いたけれど、やっぱり疑ってしまう、こんな日の夜に、あっさり
と僕の人生が終わってしまうということを。

これは演劇です、そんな台本の表紙が夕凪に乗って飛んで来た。だから幕が
下りてしまえば貴方の役は終わり、陳腐な日常に戻るだけなのです。僕はこの
演劇の作者であり、ノーベル賞作家でもある、サミュエル・ベケットと一緒に
午後のティータイムを過ごしたかった。僕は才能溢れるサロンの午前中の光を
永遠に遺したい。其れはバルザックの豪邸の庭に降り注ぐ光のことである。僕
は光の洪水の中、溺死したい。そうすればこの心の暗闇も.しは軽くなるだろ
うから。

結局夜が研ぎ澄まされた死神の鎌のような木枯らしを数え切れない程もっ
て、やって来て、僕を朝も昼も無い、夜だけの四日間、高熱で苦しませ続けた
のには恐らく、何か意味が有ったのだろう。僕は今、自分が幕の下りたステー
ジから降りて、途方も無い詩作に耽って居ることに最高の幸せを感じて居る。
譬え其れが、愛する女性を手に入れられないという絶望を静かに内包し、時に
は暴れ回って僕を苦しめたとしても。





 worse



月の踊り子が僕の夢の白い空間の中で生々しく告白した。「私事で恐縮です
が、この度結婚することに致しました。お相手は…」。僕はその告白によって
一気に現実へと覚醒し、体は冷え切っているのに心臓の鼓動が激しく、熱いの
を確認した。皇帝ペンギンが僕の心を滑走していく白昼。剥製になった其れは、
僕に昨日一日の己の行動についてひどく後悔させる。生温い初春の風が映像の
中の校舎の屋上で女の長髪を棚引かせ、僕の絶望に拍車を掛けるように、あり
のままの?虚構?を見せつけるのだ。

裏切られた運命の相手からのテレパシー。其れは数年間も僕を苦しませ続け
たが、きっと僕がこの世から肉体を奪われるまで聴こえて来るのだろう。僕は
本当の真実と虚構の間を数え切れない程移動し、心が死にかけていることで素
晴らしいと感じていたことを陳腐に感じる。教会の天五から頭痛のする僕を見
下ろす梟。架空の弟がイカロスを殺そうと必死だ。女が髪の匂いを、艶めかし
い体臭を発して僕を誘惑しようとした真夏の夜。詩作中にこの世界の誕生につ
いて一度考え込むと、なかなか執筆が進まない。

僕の想いは遥か彼方のメビウスの輪の中へ。曇り空の下、僕は大都会で一人、
憂鬱と孤独に苛まれ、あてもなく思考の空に蓋をする。テレパシーをキャッチ
することができなくなった両耳殻は、ゴッホによって切り落とされ、永遠に眼
鏡を掛けることができない。地獄の交響曲。頭痛薬、晴天の下、世界の悩み、
戯言、愛の言葉。僕は脳の中を凝視することができない。敢えて脳の下を潜り
抜けて現実を見つめ、その為に脳自体にストレスが蓄積していく。或る女は六
年前に文字による殺人未遂罪を犯し、僕の脳味噌に愛の種をばら撒いた。

全てを理解した僕は其の女のことを忘れることにした。彼女との?思い出?
を忘れる度に憎悪が湧き上がってきて、その一つ一つが本当に正しい解釈なの
かどうか確認し、自動的に繰り上がって来たとある女性について後悔の念を最
初に抱いた。僕は我が儘であり、今更好意を抱いて居ると言っても遅いのだが
…。その女性は僕にとって完璧な女性であった。しかし、とここで僕の中の必
要以上に良心的な、「もしも…」の僕が現れて、有り得ない未来の想像を僕に、
促し始めたのだ。という訳で、僕の頭の中では現在、真実と虚構が二項対立し
ている。果たして未来の羅針盤はどちらに針を振るのだろうか。

彼女は独りきりになりたいのか。皆に嫌われたいのか。僕にはそう思えて仕
方がない。彼女はきっと─将来自分の魔法を解いて─、誰も自分のことを知ら
ない場所で生涯を全うしたいのだ。それならば僕の憎悪は其れを止めはしない。
しかし、いつか─僕は其れを?希望?と呼ぼう─彼女と二人きりで再会するこ
とができたら、僕は彼女を許すだろう。月の踊り子として僕の夢の中に出て来
たのは実は彼女のことであり、届かなくなったテレパシーを送り主は彼女のこ
とだと思い込んでいた。しかし月の踊り子は僕が眠っている間、現実に月を飛
び出して地球上で酒池肉林の生活を送っているだろうし、テレパシーという妄
想に囚われて居る僕を逆手に取って、僕を殺そうとしたのだ。最低な女だ。そ
んなことをされてもまだ彼女のことを忘れられないのは、彼女をまだ.なから
ず愛しているからだろう。僕は執筆場から離れ、外に出て空を仰ぐ。彼女の代
わりに世界は僕にびしびしと注文を入れ、猫が「にゃあにゃあ」と鳴くのは私
がそう叫んでいるからよ、と言わんばかりに僕の脳を日々進化させている。







 growth



揺れる僕の暗闇、この世の暗闇、揺蕩う在りし日の心象と記憶。チュロスの
上を歩き、先端で立ち止まる僕の影。一つの音から無限大に拡がる世界に置い
て行かれないように。アコースティックギターの中で心臓を震わせる僕。詩作
が行われる独りきりの夜が好物なライオン。震える心と、恋心、鏡で自分の顔
を見つける度に、吐瀉する僕。今夜は独りきりで居たい。昨日の午前中の.の
森でのように。水色の街。自発的に凍り付いた僕の想像力。

目の前に光が在る。陰は僕の肉体にびっしりと詰まっていて。神様は酒に酔
い痴れ、僕の冷たい文章に高得点を付ける。三角形の旗が宇宙で棚引く。其れ
は地球の青空を駆け抜け、美術館を過ぎ、友人であった他者の心を貫く。白光
を纏った僕の詩が現実と共に輝いていて、アコーステックギターは僕に語り掛
ける、「キミハユメヲアタエツヅケナケレバナラナイネ。ヒルマハシヲカイテ
ハナラナイヨ」。

夜の時間はとろとろと流れて行く。まるで未開の地の小さな小川のように、