transcendence
りたい。天五から足音が聞こえた。君の唄から感じ取ったインスピレーション
に感動して流れて来た鼻水を啜り、白濁とした視界に映る文章の続きを書き足
しながら、君の唄に合わせて歌うと、一瞬、羽衣の様に軽い君の体が僕の背中
に抱き付いて来て、渇き切った心を潤した、そんな気がした。こんな孤独な夜
に、僕は君の幸せを願っているのさ。
壁が長く続き、正常な世界と狂気の世界を分断している。嘗て、其の壁を進
んで乗り越えて逝った人々の事で苦しむ事はめっきり減ってしまったのは、君
の存在と、君の歌の御蔭だ。快晴、今日はあの常夏の半島の様に、真夏日と成
るだろう。だけど、遠くに居る君への想い、僕の一番近くに在る、此の心が、
消しても消える事の無い、強烈な感染力の有る暗闇に汚染されていくのはどう
してなのだろう。冷徹な洞察に依って自己の精神構造の解体を何度も何度も試
みて、ある程度の成果を上げたはずである、この僕が、死への恐怖よりも、漠
然とした憂鬱の果てに在る、二十%強の恍惚への不安に微かな趣を感じるのは、
一体どうしてなのだろうか。
bird
君と会えなくなってしまった事に依る、胸の苦しみ。.年前のモノクロの音
楽祭、其れは僕の現在のテンションのどん底だ。僕の発想の方法を知られる事
への恐怖感、炎天下の茹だるアスファルトの様な胸やけ、僕は此の唄を歌って
いる彼の様に、声を大にして言葉を吐き出す事はできないけれど、こうやって
小さな世界で、無声を誰よりも大きな声で発する事はできるのさ。其れは僕に
とって、とても意味の有る表現方法であって、譬え左腕の肘関節が.症を起こ
していたとしても、過ぎ去って行くあらゆる物事の様に、君への想いを忘れる
事は無く、君の事をこうやって書き記さざるにはいられない。
何重にも成った、分厚いサンドイッチが有る。架空の故郷の中心街に隣接す
る町の、銭湯が脳裏に浮かび上がる。これから名付ける詩のタイトルに、何の
意味も無い事をふいに悟り、告白してしまった。意地悪な老人に未来への吊り
橋が焼き落とされた絶望感を抱く。脳裏に描いていた旋律が無償で具現化され、
彼の歌う歌詞の深みを、この詩は超えたと認識した。聖人が世間から見放され
ていく。
苦しみのトランプ、其れは僕の左手の中で風車の様にくるくると回り、視線
を其処から外せば、何も無い、真っ白な世界が広がっているのだ。僕はカメレ
オンの舌の様な感情を渦巻き、三人の知り合いに暴力的な才能を発揮、披露す
る。「僕」という、世界最小単位の表現単語が純水に溶けて、もう僕の心を傷
付ける事は無くなった。瞼を閉じ、雲の上から此の世界を見下ろす。凍て付い
た風以外の唄を聴き、僕を残して此の惑星は回り続ける。鮮明な報道番組が耳
に届き、イメージを脳裏に浮かべ、僕の中で新しい何かが生まれる期待を抱く。
君は僕の事が好きですか? 此の世のものとは思えない美しい旋律よりも
君は愛しく、肌と肌、吐息と吐息を合わせたい。君が瞳を閉じた時、僕は既に
瞳を閉じて居て、君に愛している、とそっと囁くであろう。汗、時間の概念と
は無関係に流れて行く、結晶の様な旋律…。僕は君の肌と同化したい。割れた
中身の無い卵、現実と理想の格差、無料のTVの脅威と恐ろしさ。僕の心臓の
表面は、そんな不安に突き刺され、光の様な希望に包み込まれている。
プラスチックや硝子の破片を胃液で溶かし続け、十数年来の呪縛を取り除く
日々。黒い排泄物、時よ、止まれ。疲れた心に、君への幾多の不安が押し寄せ、
救急隊にダイヤルを回す。脱線した中年の男性はビデオテープの世界へ戻って
行き、僕の心に何時までも残り続けるのだ。「あの頃の感性、いや、表現方法
を思い出したんだね」、僕は僕に、まるで知人に話し掛ける様にそう訊ねる。
僕は微かに笑みを浮かべ、明日の方角を向く。大丈夫、僕と君はもう、本当に
赤い絆で結ばれている。
緑色の風が吹き抜ける様に、僕の君への想いと想像力は照れ臭がりながら、
君の元へと疾駆、古の僕に捨てられる事の無かった、たった一つの生命線。こ
の窓辺の机からふと外界の青空を眺めると、脳裏に光が満ち溢れ、僕のこれか
らの数日間の世界が広がるのを推測した。もうすぐ完成する、僕の巨大な翼。
不死鳥の如く、君や他の人間達の不幸を噛み砕き、飲み込んだとしても死なな
い、そんな生き物に生まれ変わりたいと、来世や輪廻を信じる分身が僕の中に
存在しているのは確かだ。空高く飛び上がり、宇宙の風に跨って、漆黒から新
しい色を実らせる、眩い世界で心地良い君の愛を感じ取りたい。
life
天国の海、懐かしい未来。僕は恐らく死ぬまで詩を掻き続け、懐かしい終わ
りを迎えるのだろう。嗚呼、漠然とした天国の海が脳裏に映る、君が居なくな
った後の世界は、僕にこのような世界観を提示するのだろう。其れは海上に濃
い霞がかかり、僕の心を優しく、そして温かく包んでくれるのだ。赤ん坊の天
使が虚しさを紛らわせ、君の元へ、僕の心境を引っ繰り返してくれる様に、御
呪いをかけてくれればいいのに。
人生の徘徊者の夜だ。銀河の戯れだ。僕の左脳は人間達の終末に片足を突っ
込んでおり、聖者の手に打ち込んだ杭に莫大な価値を見出す人間達の心理がよ
く分からない。絶望に飢える奇妙な欲望、缶コーヒーを飲んで睡魔を掻き消し
た後の早朝。イヤホンの入力端子を圧し折り、明日に向かって投げ付ける僕、
空の缶コーヒーに依る虚無感。込み合うバス内、地下鉄、無惨に石畳の地面に
捨てられた煙草。夜が嫌いな酒の様々、老衰に依る、永眠。
生温い珈琲を胃袋の中で揺らすサラリーマン。腹を下した人々で溢れ返る、
地下鉄のトイレ、壁の落書きの無い、不気味な個室トイレ。未来に脅えている
のではなくて、日々の生活を維持する為に、人々は不安に成り、恐怖するのだ。
エリート、学歴社会、金、地位、全てこの僕が手にしたいものばかりだけれど
も、夕暮れ時、橙に染められた帰り道を歩いていると、僕の心は病み始め、己
の影を相棒にして、その苦しさを文章にする為に、帰路を急ぐ。夕飯用の御飯
が炊き上がる時間がすぐ其処まで近付いて来ているのだ。
生理の数だけ長生きする女性。男女は皆、あらゆる意味に於いて平等なのだ。
無知な首謀者は無知のまま、彼等にとって想像を絶する死に方をするであろう。
君は花畑で微笑んで居るばかりで、僕は現実の中で生き、作品を書き続けるの
だ、これから一生、絶筆するまで。人は人の中で生まれ、其の群れから離れ、
最後は人の中で死んで逝く。太陽の光の様な、鼓膜が上昇する様な、日々を生
き抜く為に必要不可欠な唄が、全身全霊で僕を支えてくれている御返しに、僕
はこういった類の詩作品を書かなければならない。僕の指先の力は其の唄を原
動力にして動いていて、僕の体中からは、迸るイマジネーションが放散されて
いる。
死んでしまった人々、まだ憎たらしくのこのこと生きて居る人々。天国や地
獄、といった存在や概念は、本当は無いのかもしれないが、僕はこの先こそ、
作品名:transcendence 作家名:丸山雅史