transcendence
の闇を掻き消していく。何十年経っても色褪せない曲、そして其の曲を聴きな
がら、心の頬に涙を伝わせ、山田かまちの死を悼む。
絶望をマフラーのように振り回し、朝日が昇り続ける永遠まで、永久に踊り
続けていたい。繰り返される此の人生、繰り返される此の音楽。齧り掛けの自
作の小説にバターと蜂蜜をかけ、僕の心は踊り狂う。まだ童貞だっていいじゃ
ない? 本当に愛する人と愛し合える其の日まで…、僕の心は希望に染まりな
がら、四人の魅力的な女性を思い浮かべ、体が氷点下の真夜中だというのに、
温かく成っていく。
広大な大地の地平線の向こうの雲間から幾筋もの光が射し込み、QUEEN
のメンバー達の魂を燃やし始めた。何もかも上手くいきそうな此の人生、想像
以上の明日の死を携えて僕は何処まで人々の心に残る作品を創り続けられる
だろうか? 下らない、既成観念の障壁を此の才能と血の滲む様な努力で打ち
崩すことができるだろうか? 怖い、其の革命が死と隣り合わせなのは重々承
知である。しかし、其れに反比例して、こんな幸せな一時が有るのだから、創
作は止められない程の甘い花の様な蜜である。二次元の太陽が僕の此れまでの
心の遍歴譚を焼き焦がす。負の感情は此の先何時まで経っても僕の血液を引っ
繰り返し、世界を地獄へと変貌させるが、そんな事でへこたれる僕では無くな
ったのだ。万物が空気を伝い、僕の世界観の構築を良くも、時には悪くも手伝
い、破壊していく。サクランボの光沢さよ。僕の心の純粋さよ。ゆっくりと降
り積もる夢の綿よ。僕を百年生かせてくれ。何故なら、僕はもう、孤独な人間
から他者に求められる人間へと脱皮したのだから…。
judgment
天空のジグソーパズル、僕の原罪が其れの代わりに成ればいいのに。きっと
昇華することのできない僕の其れ、絶筆の危機。心象が現実へと変貌する時、
僕の精神は揺らぐことなく、今も忘れられない女性を此の人生の陽.にするこ
とができるだろうか? あの女性は希望に満ちた人生を生き、僕の心は孤独に
痩せ細り、腐敗して死んでいくだけだ。決して陽が中る事の無い日陰の草叢、
冷たく埃っぽい其処で、ゆっくりと同化していきたい。心が本当に求めている、
此の感情を、一生引き摺っていくことは不可能なのだから。
太陽が口ずさむ唄、其れは天空によってじりじりとエコーが掛けられていく。
絶望が此の肉体の世界中に蔓延している。全ての審判は数十時間後に下される
のだ。夢の様な罪悪感から齎される痛み、怖気付く僕に過去の己の哲学が心を
砕く。僕の心象は緑に満ちた初夏の森の上空を飛び続け、自分が此の唄を何処
の音源から聴いているのか、幽体離脱した肉体は何処へ姿を眩ませたのか分か
らなくなり、混乱した。この詩作が終われば僕は現実に引き戻され、残酷さを
とくと味わうことになるだろう。吸えない煙草を無理矢理肺に吸い込ませ、脳
味噌が正常な機能を完全に停止した.年前。僕は正に生ける.であったのだ。
もう一度瞼を瞑る前に、此の世界から意識を消し、此の世の限り有る万物と
分かち合えば、永遠の神と成れるのだろうか。僕は此の人間社会から乖離し、
其のまま宙に浮かびたい。原罪が僕の心の中に存在する限り、これ以上のペー
スで創作を続けることは不可能であり、数十時間後の審判によって更に重い罪
が横隔膜を撓ませるだろう。僕は今も忘れられなくなった女性にとって不愉快
な存在で在り、再びヴィトゲンシュタインの宇宙の外側まで彼女の息吹によっ
て吹き飛ばされるのだ。そして、僕の詩作品は読者を選び、痩せ細った大地で、
雷雲の下、顔も心も失った人と共に、落穂拾いを延々と続ける。孤独な詩人は、
真っ昼間は暇を持て余して居るのだ。
最後の宇宙の携帯電話が震動しない。廃退していく古小屋、僕に好意を寄せ
る他者等、一人も存在しない。其れは同時に、僕の性格を物語っている。僕は
卑小な人間で在り、僕が今執筆しているような小説の主人公そのものなのだ。
今、両瞼を閉じる前に、僕の知り合いが皆、此の世から居なくなってしまえば
いいと思って居る。それ位僕は一生分の人間関係に疲れ、其れは飽和し、此の
精神を蝕んでおり、他者と適切な距離を置かなければ、気が触れてしまう精神
病者なのだ。もう、何も要らない。只、願う事は、僕が此の人生をかけて書い
た、書いて居る、書くであろう、創作物が譬え、此の世が終わり、輪廻を繰り
返しても、そういった意味で永遠に残り続けて欲しい、其れだけの事だ。
黒と青の暗闇が脳内で自由自在に熱を持ち、ピアノを奏でる。一度きりの唄、
僕は時々、此の唄を聴くと、大サビの前で、夢のように、背後から猟銃で後頭
部を撃ち抜かれるような心境に陥るのだ。此の名曲は、数十時間後の審判の判
決に依って、直後に行われる死刑執行の心象までも脳裏に浮かばせた。死への
恐怖が主題の此の人生劇場の観覧者は、僕と顔も心も失った人だけであり、譬
え其れが僕の魂を震わせるような作品でなくとも、僕は満足して顔も心も失っ
た人を遺して自然消滅していきたい。漠然と輝く、死への羨望に此れ程肯定的
な人間は他に誰一人として此の世には存在しない。
love
僕は決して内臓を曝け出さない。言の花、生殖器丸出し、其れから感じる胸
の痛み。膨れた胃袋は僕を此の窓辺の椅子に縛り付ける。真っ白い天国の世界
の光に包まれる様な此の唄。僕の心が白光と白光の幸福なジレンマ、丁寧に重
ねられた天女の歌声に僕は恋をした。僕の此の、純粋な想いが、将来僕が誰よ
りも愛する恋人に今直ぐ、届いてくれたらいい。そうすれば、僕達は出会える
だろうから。
僕にとって最も相応しい言葉が脳裏を掠め、左側へ流れて行く。家を出て、
窓辺から見える海辺へと向かう。其処には普遍的に人々に愛される顔の女性が
一人─其れは世間一般的に言えば、?.し変わった人?と言うのかもしれない
─、あの唄を口ずさんで居た。絶望的な予感が横隔膜の上で反乱を起こして居
る。時間が風に吹かれた砂粒の様に、僕の立って居る方角へ流れて行く。まだ
四月と成ったばかり。体中の関節が寒さで其の上の皮膚に鳥肌を立たせている。
其の彼女と.雲の広がる真下の大海原の間に、僕は涅槃の永遠を感じた。セ
ンス、.分二十七秒の人生を僕は永遠以上に抱き締め続ける。海辺の右側に広
がる涅槃の森、僕と彼女は南国の太陽の日差しを浴びながら、共に過ごして居
る時間を心に刻み込み、夜に近いニュアンスで、命が浄化される。いや、其れ
以上に、僕は彼女の美貌が永遠に続くことを願いながら、彼女と他愛も無い話
を、此の人生をもう一度繰り返す様に、前世が此の人生であった様に、三度ば
かり繰り返すのだ。
海へ振り返る事はもう無いだろう。森を出、街を歩き、雑踏の中で離れ離れ
に成らない為に、初めて手を握り合う。彼女の左手の温もりと、僕の心臓の熱
い鼓動。街では灰色の埃が花粉よりも多く舞い、彼女の長い黒髪を汚すのだ。
僕達は此の街を出れば田舎に出、再び街へ入り、再度田舎に出……を繰り返し、
作品名:transcendence 作家名:丸山雅史