transcendence
ろうと必死だ。ミノタウロスの頭骨、純白の聖職者、僕の胸の奥で渦を巻く憂
鬱。全ては深夜の詩作の材料に過ぎないのだ。得体の知れない絶望と向き合う
事、其れが真の詩人の心構えであり、故に詩人は常に精神病人もどきで在る。
空から一筋の太い光が巨大な一枚岩に降り注ぐ。巡りめく、第二次ゴールド
ラッシュ。其の光は其の一枚岩を金に変え、貪欲な死者達に醜い争いを齎す。
翼が生えた彼等は僕に深い怒りを抱かせ、イライラしながら溜息を吐くと、其
れ等全てが己の心象だったことに気付かせてくれた。一枚岩のような心に一筋
の太い光が突き刺さっている。僕は其の光を、いや、脳裏に浮かぶ此の心象を
打ち崩したいのだが、其れは不可能、時という陳腐な概念を取り除きたい願望
も同時に在って、其の心象が冷え切るのを、冷静に成って待つより他無いので
ある。死の間近である、ティル・オイレンシュピーゲルの不愉快な悪戯は、僕
の病んだ心を煮え繰り返し、彼の夢の中で彼の首に縄を巻き、自らの手で、足
で、彼を絞め殺した。本当は一人でロンドに合わせて踊りたかった。
.の道化から舞踏会の招待状が届いた。僕は首に緑の十字架のペンダントを
ぶら下げ、舞踏会でマスコミ関係者、大多数を射殺した。世界共通言語が西ド
イツ語に変わった時、今は無きベルリンの壁を抱き締め、瞼を瞑って其の温度
と僕の心臓の熱で第三の存在が誕生し、ベルリンの壁と其の存在諸共、ポリバ
ケツにぶち込んだ訳だ。読者の居ない、若しくは想定すらしていない詩の価値
は非常に高い。.なくとも僕は病み切った僕自身の心情を散文詩として綴って
いるのだから、其れ程此れ等の価値が高いとは言い難い。しかし其れは僕自身
が勝手に思い込んでいる観念であって、何も山田かまちや高野悦子のような独
白的な文章が、世間一般的に?作品?と呼ばれていることに不満は無い。
nirvana
氷点下の詩作の海に飛び込む。恐怖と老化に苛まされながら、其れ等に抗い、
鉛色の水平線の向こうの終末観に想いを馳せる。具現化された記憶の島へ到着
し、記憶の森の葉で心を切り裂かれながらも、ひたすら六年前を思い出そうと、
其れが固く蓋をされた五戸の元へ向かう。
ペパーミントガムを吐き捨て、梃子の原理で問題の五戸の蓋を開ける。僕は
そこで意識を失い、気が付けば其処は六年前の晩春の、桜の森。桜の花弁が満
天の星空に吸い込まれるように上がって行く。僕の肉体はひどく冷え、枯れ果
てた五戸の底から二十一歳の女が、ふわりと上がって来る。天使の羽のように
着地した女は、僕の心臓をいとも簡単に痛ませた。僕は女の現実から目を逸ら
し、眼球の熱を冷まさせる。青々とした空と山脈が見えた。
とある劇作家の陳腐な物語と演出が脳裏を掠めた。冷たい絶望と余白。僕の
思考は正常に戻り、二十一歳の実の妹の虚構を射殺した。五戸から上がって来
た女を野放しにし、人間社会という大都会に還らせた。僕は、あの女がこの世
で生きて居るだけで幸せなのだ。二十.歳の僕が二十四年の世界に存在して居
る事の不条理さ。今の僕なら、此の世界の僕を救うことができるだろうか、陳
腐な文字の羅列に詩作の熱が冷めていく。こんなことなら、いっそのこと、氷
点下の詩作の海で溺死した方がましだ。
ヘミングウェイとカート・コバーンの猟銃二つで両方のコメカミの凝りを解
す。僕は自殺願望に満ち満ちた、例のあの女よりも死にたがって居る。世の中
は僕が居なければ退屈極まりなく、僕が無理におどけることによって人々は抱
腹絶倒し続けられるのだ。しかし僕は詩を書きたい。小説も書きたい。けど、
詩が一番書きたくて、分裂病気味の僕の為に仕方無しに、生きて居る。どうす
ればこの心の底に拡がる、底無し沼を構成する粒子一つ一つを文章に、いや、
詩の言葉にすることができるのだろうか? 此の問題は僕一人の問題であり、
此れ等粒子を此の肉体に遺したまま、勝手に死ぬことはできない、ヘミングウ
ェイやカート・コバーンのように。
ヘミングウェイの小説も、カート・コバーンの音楽も、僕の心の気を引くこ
とすらできなかった。特にカート・コバーンの音楽は、僕の心の奥底の、底無
し沼の水面の波紋を拡げることすらできなかった駄作であった。そんな代物な
ら、僕は自分の面白可笑しい詩を読んでいる方がましである。僕はカート・コ
バーンに言いたい。?お前は自殺する価値にも値しない屑男だ?と。結局はル
ックスだけで売れてしまった三流ミュージシャンの代表格だったのか。ああ、
無常、誰も本当の事を言わないので僕がこうして代弁して言ってやったのだが、
本当に言った此方の方が恥ずかしくなってくるような根暗な、屑男である。
僕は僕の五戸の元まで行き、其れからはどくどく、どぼどぼと、.が溢れ出
しているのを見た。あらゆる出来事に飽き飽きしていた僕は、其の.が溢れ出
る様子を十九歳の僕と七歳の僕と一緒に眺めて居た。そうして居る事で、僕の
心はどんどん軽くなっていき、記憶の森が一瞬にして消えて行くのと同時に其
れが僕の頭の中に戻り、氷点下の詩作の海に落下し、激しい頭痛と精神的苦悶
が同時に始まった。其れ等の混乱の最中、僕はカート・コバーンを批判したこ
とに対する計り知れない後悔で肝臓が凍結した。
cherry
満たされた欲求から生まれた、微かな虚無感。心の水溜りがドラムの震動で
撥ねる、撥ねる。そして其れが蒸発して生まれたクリトリスのような、凍った
腫瘍。僕の中に広がる心の上に立つ僕。胸の奥の心象で絡まる糸屑とセックス
目当ての女。僕は溜息を鼻から吐き、ペニスが、心臓が、快楽と言葉の暴力を
求めて居る事にもう、堪え切れない。
両足が冷え切っている為に中々寝付けない。仕方が無いので僕は詩作に没頭
する。絶望の一歩手前、僕は再び胸の熱を含んだ溜息を吐く。女とセックスす
る想像をしてマスターベーションした一時間前、僕の蚊帳の中では女がシャワ
ーを浴びて待って居た。感傷から来る変温動物の皮膚を持つ僕の精神的安堵感
は、僕の心の穴にコルクで栓をした、精神科医(女性)。
僕は其の精神科医に精神的性交を渇望して居る。彼女と何もかも溶け合えた
ら…、僕は肉体を操作する権利を彼女に譲ってもいい。本音を言うと、僕は早
く誰かの一部と成って死にたいのだ。開いた股が塞がらない。己と向き合う時、
詩が生まれ、苦しみが風を吹く。虚しい、死にたい、山の斜面で爛れたい……。
僕は、本当の僕は、此の肉体の腹の中に居るのだ、長い間僕を診察して居た、
女と肉体的性交を行いたい、僕は死にたい。そして、死後、身の毛が弥立つよ
うな詩作品を書きたい。其れだけだ。
死に掛けのヴァイオリンのような僕。真夏に蕩ける西瓜。無限ループする音
楽、蘇生による吐き気。自己表現豊かなピアノの音が僕の詩作意欲を掻き立て
始め、僕はモノクロの世界で片手逆立ちを行うと、故人と化していたフレディ
ー・マーキュリーが忽然と姿を現し、マイクスタンドを振り回し、QUEEN
の仲間達と共に大熱唱する。僕は彼等の奏でる音楽に合わせて唄い、踊り、心
作品名:transcendence 作家名:丸山雅史