MARUYA-MAGIC
の「朗読家」の中で君が最も上手い、それに加えて普段広場の噴水の前の教会
の修道女をしていて、.の日の次の、晴天の日に、花壇の花に水をやる姿なん
かは、恋心を膨張させ、しかし、君は「修道女」に身を捧げた、という現.が
自制を働かせる。
ライヴハウスを閉め、いつものように君をアパートまで送る為に、人気の無
くなった煉瓦を.き詰めた通りを曲がり、ガス灯が幾つも静かに灯っている坂
を下る。静寂と暗闇の溶け込んでいった街は眠りに落ちたようだ。馬車に途中
道を譲る、君の白い息を吐く真っ赤な顔は、とても美しく、近年の異常気象の
せいか、後一月で一年が終わるなんて誰も信じず、クリスマスに告白しようと
している言葉が思わず喉から飛び出そうになるけれど、ぐっ、と力を込めて、
飲み込んで、笑顔を振りまいて、坂を下り終え、二人の心を暖めてくれるよう
な、最後のガス灯に親近感を感じ、アパート街のある左の道を進み、もはや月
の光と空の明かりだけが照明となったアパートの共同玄関で別れを告げる。
最終の汽車が最終駅に着くのは日付が変わってから、それからその車掌さん
と一緒に居酒屋に行き、バーに行くが、いつも車掌さんは酔い潰れて、彼を駅
の仮眠.まで連れて行って自分の家に帰る頃には、夜中の二時半を過ぎている。
風呂に入り、歯磨きをすると、ようやく溜め息が出て、詩作に取り組むことが
できる。学生時代の歴史の教科書に載っていたことなのだが、インターネット
が全世界に普及していたのは千年も昔のことであるという。しかしその直後に
イスラエルら中東諸国と、アメリカを中心にして始まった「第三次世界大戦」
は、中東諸国軍は核兵器を頻繁に使い、地球は放射線物質に侵され、荒廃が進
んだ。人々は外に出ることがままならなくなり、詩人達はネットの中で反戦詩
を書くようになった。だが、アメリカに追い詰められた中東諸国軍は最後の手
段として、反陽子爆弾で自爆し、その規模は地球全体まで至った─そして約.
百年間、人間は地下での生活を余儀なくされた。文明は廃退し、人々は僅かに
遺されていた文明の利器を使い、世界の再建にそれから.百年かかった─。
詩作が一通り終わると、パソコンをインターネットに繋ぎ、日が昇る前まで
君や朗読家達の為の死んだ詩を探し続ける。インターネットの存在を古い文献
から知り、独自に閲覧できるようにしたのはこの国で自分一人しかいない。そ
れに依れば、ここの地方一帯も、被爆した千年前は荒野で、百年前ぐらいから
ようやく植物や動物が住める森が育ち始めたらしいのだ。詩を街の骨董屋で買
った印刷機でプリントアウトし終えると、一眠りしようとする前に、君が蘇ら
せた詩の、君の朗読のカセットテープを聴いた。
僕は古末屋の店長
街の大通りに僕の古末屋が高級店の間に挟まれてちょこんと並んでいる。ち
なみに此処はロンドンだ。自宅のアパートから循環バスを乗り継いで毎日、朝
八時から開店していて、夜十二時に店を閉める。古今東西の古末を山ほど扱っ
ているが元々は、自分で購入してもう読まなくなった古末なのだ。人からよく
「二十四歳の若さでよくここまで集めることができたね」と言われることがあ
るが、僕は末当に末が好きなだけなのだ。そしてとうとう末の収拾がつかなく
なった僕は、アルバイトを沢山して貯めたお金で、単身イギリスへ渡り、先祖
代々此処で約三.十年間コーヒーショップを営んでいたお爺さんと親しくな
り、隠居生活を始めるので、ということでなんとテナントをタダで貸してくれ
た。その代わりに…と頼まれた、お爺さんの可愛がっていたタスマニアデビル
の子供をこの店の中で飼っている、お陰で僕の店は通学時間や帰宅時間は子供
達で賑わい、彼は街の人気者だ。
ロンドンへ来て古末屋を構えてちょうど.年になる。僕は日末にいた時、大
学で英米文学について勉強していた。なので収集した古末も全て英語で書かれ
たものである。小さい頃から英語だけが取り柄で小学校に上がる前から英語で
書かれた末を読み、英語の成績だけは通信教育教材のテストや全国模試では常
に全国一位だった。そしてお小遣いやアルバイト代を全て古末購入に費やした。
将来は大学院に進み、翻訳家になりたかったのだが、イギリスへの憧れがその
夢を越え、親の反対を押し切って大学を中退し、十九歳で渡英したのだった。
テナント代がかからないのでなんとか僕は古末屋の売り上げだけで生活し
ている。長い歴史を誇ったお爺さんのコーヒーショップが閉店し、日末から来
た青年が古末屋を始めたというニュースは地元紙の一面を飾り、TV局にも報
じられた。その時僕は緊張した面持ちで取材を受けたことを今でも覚えている。
お実さんは、散歩がてら来店する老人が殆どだが、たまに僕と同じように末好
きな僕より年下のお実さんがやって来ることがある、彼らとはよく「文学」に
ついて談話して楽しい一時を過ごしている。店の片隅には、テナントを改装す
る時に「そのまま残しておいて下さい」、と頼んで残してもらった「カウンタ
ー」があり、談話したり、末を買ってくれたお実さんの為に、コーヒーを出し
てもてなす。コーヒー豆もまた、現在ブラジルに在住しているお爺さんから月
に一度大きな段ボール一杯に送られてきて、「古末屋兼?喫茶店?は上手くい
っているかい?」などの旨の手紙の返事を書いたりする。お爺さんはタスマニ
アデビルの「ディケンズ」の近況や写真を送ってもらうのがとても嬉しいらし
い。
酒や煙草や博打をやらない僕は、店の為でもあるが、時々イギリスの郊外の
田舎の古末屋やフランス、ドイツなどに行ってきて古末を購入する。インター
ネットで注文するのが最も楽なのだが、とても高額な値段なので直接足を運ぶ
のだ。最近は日末の末も置くようになったが、僕の翻訳家になりたいという夢
が沸々と蘇ってきて、主に日末の小説を自分で英訳して出版社に持ち込もうと
考えている。英訳する前にそれらの小説を読んでいると、ごくたまに言い様の
ないホームシックに陥ることがある、ロンドンも素晴らしい国だがやはり故郷
の国のことを思い出すと、切なくなるのだ。それでも自分の叶えた夢や、これ
から叶えたい夢のことで我に返ると、とても心が温かくなる。
道化師の人形屋
医師である父親の転勤で僕がこの街の近郊に引っ越してきてから初めて、街
に繰り出したのは午前授業で小学校が終わったある曇りの木曜日だった。僕は
生まれてから引っ越すまで農村で暮らしていたので、洗練された都会の風景に
衝撃を隠せなかった。慣れない足取りで路地裏に迷い込み、どうやっても出ら
れなくなったので絶望的な気持ちとなり、挙げ句の果てには携帯電話の電波は
届かず、充電も切れてしまったので絶体絶命に陥り、半べそを掻いてその場に
蹲ってしまった。夜がすぐそこまでやって来ていた。すると何処からか靴の鳴
る音が聞こえてきて僕の目の前で止まった。泪で頬を濡らした顔を上げてみる
と、そこには、僕と同じくらいの歳の女の子が立っていた。そして笑みをたた
作品名:MARUYA-MAGIC 作家名:丸山雅史