MARUYA-MAGIC
ことも許されず、呼吸さえも、今にも窒息死してしまいそうな森が雪原に点在
している。イヤホンから聞こえてくる音楽に体でリズムをとりながら斜めに降
り出した雪で顔面が凍えないようにフードを深く被る。
喫茶店があるのは自分の家から数えて二十三番目にある小さな森の中である。
森の中へ入ると、途端に吹雪になり、閉じこめられてしまった、というような
感覚に陥った。先程まで覚醒していた意識が次第に朦朧としてきた。だが今此
処で眠ってしまったら確.に凍死してしまうので、あの暖炉の火が暖かい喫茶
店へ入りたいところなのだが、小さな森であるのに道に迷ってしまった。この
森は不思議な魔力の秘められた森なので訪問者に対して錯覚を起こさせたり、
拡大したりしているのかもしれない。瞼を半ば閉じかけてふらふらと歩いてい
るうちにようやく丸太でできた喫茶店の灯りが見えてきたので、残りの力を振
り絞って重たい扉を開けた。
気が付くと喫茶店内のカウンターに突っ伏して眠っていた。目を擦って辺り
を見回してみると、コーヒーメーカーから珈琲が落ちていて、その蒸気と暖炉
の火が凍えた体を暖かく包んでくれていた。音楽は静かにジャズがかかってい
て来店者の心を十分に落ち着けた。自分で珈琲をカップに注ぎ、先程突っ伏し
ていたところにいつの間にかケーキが置かれていて、それらをゆっくりと嗜ん
だ。窓の外を見てみると相変わらず雪がひどかったが、いずれ時間が経てば止
むだろうと思い、鞄からノートパソコンを取り出して詩作を始めた。
この喫茶店には時計がなかった。ノートパソコンの時刻も消えていて、いつ
までも無限の時間を過ごしている気がした。詩作に疲れ、上書き保存をし、も
う三杯も珈琲をお代わりしたのに睡魔が襲ってきて、一時的に再びカウンター
に突っ伏し小休憩をした。
再び目覚める時にはっ、としてノートパソコンを見てみると、充電がとっく
に切れており、コーヒーメーカーの珈琲も冷め切っていた、上書き保存をして
おいて末当に良かった、と思い、帰る身支度をし、勘定を払い、外に出てみる
と雪は降り止み、満天の星空が出ていた。空を見上げ白い息を吐き、自然と笑
みが零れると、降り積もった雪を踏みしめて家路に着いた。
春の森奥深くのベンチ
?春になったらまた逢えるよ?、そう言い残し、君は部屋の中から姿を消し
ていった。その翌日、街に初雪が降り、冬が到来した。喩え君と長い長い冬が
終わるまで逢えなくとも、辛いことや悲しいこと、切ないことがあっても、最
後の一言を発した時に生まれた笑顔がちゃんと心に刻まれているから大丈夫、
でもいざ学校に行こうと外に出て横殴りの吹雪が一瞬にして心を冷ました瞬間
に、一気に落ち込んで、その場で泣き崩れたよ。
時間がしょっちゅう仮眠をとっているみたいに、毎日が長く感じる。君と出
会ってから三度目の冬だけど、いつもあらゆる事に疑心暗鬼になって生活が荒
れる。結局毎年のように病院で睡眠薬を貰い、それを通常の量の二倍か三倍飲
まないと落ち着いて眠れない。けど眠りに落ちる瞬間にふと君の笑顔が浮かん
で、?春になったらまた逢えるよ?という言葉を思い出して、涙を流しながら
笑みを浮かべて意識を失う。
学校にこれといった友達がおらず、クリスマスはいつも独りぼっちで過ごし
ている。何度かそういう時期に女の子に「付き.って下さい」と告白されたこ
とがあるけれど、君がいるから全て断っている。自分の殻に閉じ籠もっている
のは分かる。でもそれは、?この寒さの厳しい冬を越える為に殻に閉じ籠もっ
ている?のではなくて、.しでも外界の風を受けると君の死を受け止めなけれ
ばならないからだ。クリスマス、自宅のアパートの浴.で、手首を切って自殺
した麗しき君、それから三年の歳月が流れたが、この街は変貌するどころか、
都会へ出て行く人間が増えた為に過疎化の歯止めが効かない。
しかしクリスマスともなると、街には恋人や夫婦や家族達で溢れ、街路樹の
イルミネーションが一層聖夜を際立たせる。学校の図書館閉館ぎりぎりまで末
を読んでいて、寒い中、街を一望できる展望台へ登って、何も考えずに夜空に
輝く星々と地上の光の間の暗闇をじっと見つめる、いや、何も考えることがで
きずに二千年以上前の神話に思いを馳せる。そうして心が落ち着きを取り戻し
たら人々で賑わってきた山を下り、君の大好きだったワンホールの苺ケーキを
買い、蝋燭を君の止まった歳の分だけ貰い人目に付かないように闇に溶けるよ
うにアパートへ帰る。
永遠に終わらないと思っていたクリスマスが終わると、気持ちは.しだけ軽
くなる。春になって毎年のように君と再会してプレゼントを渡す為に、年賀状
の仕分けのアルバイトに精を出す。勿論其処でも誰とも話さず、最終日の大晦
日の打ち上げには呼んでもらえずに、アパートへ帰り、君の笑顔の写真を胸に
当てて抱き締めながら年を越える。毎年のことだ。
三月の街は積雪が気温の上昇と共に融け始め、アスファルトが所々で露出し、
早い所では花の蕾が顔を覗かせている。日差しが適度な熱を持ち、眩しい、君
と再会できるまでもう.しだ、冬の間、ひたすら君のことを想い、君へのプレ
ゼントのペアリングを買う為に過酷なアルバイトを沢山した。街から雪が無く
なり、染五.野の桜の開花.言の前日、緊張した面持ちでブランド店へ行き、
ペアリングを買った。
そして春となった新学期当日、十八時まで授業を受けた後、君と出会った森
林公園まで電車とバスを乗り継いで急いで向かった、三年前森奥深くのベンチ
で読書をしていたところに声を掛けてくれた君に再会する為に。しかしその場
所まで行っても君の姿はなかった。ただベンチの上に白い封筒が置いてあり、
それを開けてみると、桜の種が入っていた。
夢報告
君とはアルバイトが一緒で、毎朝メール受信の音楽で目が覚めると、君から
のメールで、昨晩見た夢について書いてある。君が見る夢はいつもへんてこり
んな夢である。十一月の爽やかな朝の光が久し振りに顔に差し掛かり、その内
容に思わず笑みを零す。
まだ友達止まりの間柄で、今日は三連休の最終日だった。いつから始まった
か忘れてしまったが、お互いの昨晩見た夢を毎日報告し.っている。君は夢を
みない日はない。その報告が作り話だととても思えない。結構夢を見る方なの
だが、たまにみない時がある。昨晩がそうであった、そんな時、ついつい嘘を
書いてしまう。携帯の天気予報では午後から.らしい、ふと君をドライブに誘
いたくなった。しかし確か君は午前中両親との用事があると仕事場で言ってい
たような、様々な事が頭を巡って、意識が返信メール画面に戻ると、?今日君
と午後に.の中あてもなくドライブに行く夢を見た?、と打ち送ると、直ぐさ
ま、?なら今日ドライブに連れて行ってくれないかな??、と返ってきた。
四時間前に食パンとコーヒーで満たした腹はぐーぐー鳴っている。待ち.わ
せの豪.の駅前は傘を差す人がまばらだ。取り敢えず車で何処かへ向かって、
作品名:MARUYA-MAGIC 作家名:丸山雅史