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MARUYA-MAGIC

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擦り剥いた膝からは血が溢れ出しており、黒いタイツは大きく口を開けてい
る。ティッシュペーパーで血が止まるまで押さえていて、その後、消毒液を含
ませた脱脂綿で軽く叩くように消毒するのだが、貴女はその動作がこの世で一
番嫌いらしく、消毒液の容器を見ただけで絶望的な表情をするのだ。脱脂綿を
膝に、一叩き、一叩きするだけで鼓膜が破ける程の断未魔のような悲鳴を上げ
る。貴女はあまりの激痛の為に必ず半ば失神する。最後に絆創膏を貼り終わる
前には正気を取り戻し、「じゃあ脱衣場で着替えてくるね」と言って今まで何
事も無かったかのように着替えの服を持ってすたすたと脱衣場へ向かっていく。

おそらく化粧直しもしていたから二十分も時間が掛かったのだろう、その間
に貴女と食べるスープパスタのパスタのお湯を沸かしパスタを茹でていたのだ
が、突然リビングへやって来ると「これ、クリーニング屋に出しておいて」と
自分が原因のくせにしてお金を払わす気でいる気満々なところが最近カチン、
とくるところだ、じゃあ代わりに行ってくるからパスタ見ててお願いね、と頼
んでおいたのだがいざ帰ってきてみると、貴女はTVの天使達の堕落のニュー
スに夢中になっていて、パスタは異常に伸び、膨張して、お湯がガスコンロの
底へ溢れ出ていた、貴女に向かって激怒すると、人の話を聞かずにTVを消し、
大きな欠伸と伸びをしてからソファーに身を沈めると、三秒もしない内に眠り
に就いてしまった、その一連の行動に対して何の感情も抱くことができず、寧
ろそのことに対して空虚感を感じてしまっていたので何故か顔が赤くなり、自
分も悔しいからもう一つのソファーに身を横たえて眠った。

再び目を覚ます頃には、白濁した.も止んで、外の喧噪が騒がしくなってき
た、時刻を見ると午後四時四十三分だった、いつも貴女が来る時はこうだ。一
日を無駄に使ったな、という後悔が波のように押し寄せてくる。しかし、と最
近になってふと思う、こんな気の抜けた貴女と同じ時間を共有していることで
無意識の内に貴女を更に愛しているのではないだろうかと、しかし貴女がすか
しっぺをして寝返りを打った時、その思いが一気に醒めてしまった、だがすぐ
に貴女がもっと愛おしいと感じるようになった。












言えなかった告白



降りしきる雪、今日はキリスト生誕日、満員電車の窓から眺める家に灯る明
かりの多さで幸せの数がすぐ分かる。街に出てみても一年に一度しかない聖な
る一日な為か、自然と笑みが零れているカップル達が多い。それぞれが幸せの
オーラを醸し出してそれが街全体を浸食しているように広場の巨大なクリスマ
スツリーや各店舗の飾り付けがこの世界を異世界に映す。此処にいる恋人達は
皆、これから愛を育むのだ、皆それぞれに、それぞれの愛の形があると想像す
ると自然と涙が込み上げてきた。明日二十六日までに仕事を終わらせないとい
けなくて、しかも今日は片想い相手の女性が自殺した日でもあり、ただ一人、
広場でフェンスに寄り掛かりながら地獄を思わせるような夜空を眺めて、仕事
のことを考え、物思いに耽っていた。

時間が一向に早く進まない。幸せそうな大勢のカップルの中で浮いているの
は薄々感じていたが、他人の幸せを肌で直接感じ取りたくて夕食を外で食べた
後、街を当てもなくふらついていた。

暫く外界に意識が行っていなかった為か、「写真、お願いできますか」とい
う若い学生風の男が自分の携帯を差し出してきたことに気付かなかった。クリ
スマスツリーの前で手を繋ぐ二人のカップルは、この今から写メールを撮ろう
とする男に全く警戒心を払っていないようだった。女の方はなかなかの美人で、
あぁこの子と一緒に今夜過ごせたらいいな、という願望がふと脳裏を過ぎった。

写真を撮りおわると、男が「有り難う御座いましたー」と笑顔で、.し駆け
足で寄ってきた。視線の先にある男の携帯を、雪が融けて水溜まりができてい
る地面に叩き付けて壊そうと一瞬脳裏を過ぎったが、その醜悪な感情を押し殺
し、此方も笑顔で頭を下げて返し、広場を離れた。

自殺した女性のことが結局今も忘れられなかった。だから恋をすることも無
理だった、彼女はあらゆる意味で完璧な女性だった。精神的な面を除いて。恋
人同士でもないのに二人きりで彼女のアパートでクリスマスを過ごした思い出
が消えるどころか歳を重ねていくにつれて心の底に根を伸ばしていった。彼女
の手料理も、手作りの苺ケーキも、シャンパンの味も.だに鮮明に記憶してあ
る。心が死にかける程片想いによって満身創痍になっても、自分の口から「告
白」の言葉が出ることはついになかった。今頃後悔してもどうにもならなかっ
た。彼女には恋人がいた、もしかしたら叶わぬ恋の憂さ晴らしの為に不幸な出
来事が起こればいいと願うまでになっていた。そんな感情も消滅していく頃に
突然訃報が入った。それを確認した瞬間、喜んでいる自分を発見した時、後々
に酷い自己嫌悪に陥った。幾ら社会で認められている自分でも、末当は「偽善


者」なのではないか、と。そして日に日に苦しくなってきたある日、会社に辞
表を出した。

現在は詩人として収入は.ないが、なんとか一人でやりくりしている。聖夜
が終わる前に閉店間近のケーキ屋に寄り、ショートケーキを二つ買い、自宅の
アパートへ帰ると、ショートケーキに一末蝋燭を立て、一人でクリスマスソン
グを歌った後、涙が急に溢れてきて、硝子机に突っ伏した。静寂の中に時計の
秒針の幾つかの音と、蝋燭が燃える音が聞こえた。気が付くと翌日になってい
て朝日と雀の鳴き声がいくらか鎮まり過ぎた心を揺らした。ケーキはそのまま
置いておくことにし、今日提出する仕事を始めた。











とある真夜中の散歩



今宵も漠然とした嫌な夢を見て起きてしまった。それから全く寝付けない。
外では粉雪が降っている。空は親密的な雪雲に覆われている。こういう時は詩
作に限る。日付が変わって間もないこの時間帯は、時間がゆっくりと流れる。
まるで不思議な魔力を秘め、時間の流れが外界と違う森のよく通う喫茶店内と
同じように、今頃は彼処も白銀の森と化しているだろう。その森の奥からサン
タクロースの馴鹿の鈴の音が聞こえたような気がした。彼もまた誰一人として
実のいない喫茶店の常連実なのだ、その店にはマスターすらいない、深夜に音
楽を聴きながら詩作を始めるとそれでもあっという間に時間が過ぎてしまうの
で一語一句惜しみながら書いている。雪雲の流れの速い空を眺めていると、妙
な季節の趣を感じる。暦上では、まだ秋か、冬か、見境のつかない曖昧な日に
ちである、そんな中途半端な時の流れの暗闇の中で、ふと外を散歩してみたく
なり、マフラーを巻き、ダッフルコートを羽織り、ノートパソコンを鞄に入れ
て家を出た。

外界はそれ程寒くなく、まるで死んでしまったように完璧な静寂さで満ちて
いた。まるでこの世界に誰も存在してはいけない、ということを警告している
かのように、それ自体が生命の存在を拒んでいるようでもあった。音を立てる