MARUYA-MAGIC
まい、?にゃんだ、この野郎!!?、と叱咤された。君の唄は携帯電話の電池
が無くなるまで続き、僕は心を更に拡大させてやがては僕の眼球までも覆い尽
くそうと考えた。
2006年、十一月のミニ・ディスク
2006年、十一月に聴いていた黄色いミニ・ディスクには僕にとって、と
ても感慨深い代物だ。生と死の狭間のような午前四時台、僕は仕事の間、毎日
毎日、その黄色いミニ・ディスクを聴いていた。時々、自殺した先輩のことを
思い出し、時々、遠い存在であった君のことを想っていた。時々…さ、その頃
の僕はその年の二月から十月まで一編の詩すら書けない心理状態に陥っていた。
今思い返せば、その間はあらゆることに絶望し、喪失から再生へ向かっている
最中だったことをはっきりと覚えている。今でもそのミニ・ディスクに入って
いる収録曲を聴くと、その頃の気持ちに若返り、胸の奥に微動する心の震えと
痛みが眼球を激しく乾かす。大都会の交差点でちらほら見かけるiPod、.
だにバッテリー部分の蓋のバネが壊れてセロファンテープで押さえ付けている
僕のMDウォークマン。幾ら新しい時代がやって来て通り過ぎたとしても、き
っと僕はそのMDウォークマンで、曲を聴き続けるだろう。
閉塞と喪失、の西暦2006年、僕はそれらが充満した心の部屋に入りたく
ない。しかし既に入.している自分がいることに気が付く。その窮屈な痛みの
部屋で、僕は、今は、君のことしか想っていない。その部屋には、先輩の写真
が所狭しと飾られているけど─その部屋は2006年当時そのままなのだ─、
幾ら片付けてもカタズケテモ、翌日には元の場所に昨日よりも綺麗に飾られて
いる。そして君の写真は─何故だか部屋の外に撒き散らされている。僕は怒り
と悲しみのあまり、黄色いミニ・ディスクを部屋の壁に投げ付けようとするの
だけれど、投げる直前に、どうしてもその怒りは消えて無くなり、悲しみだけ
が残る。そう、素晴らしき詩人達の残した言葉、かなしみとえいえん、カナシ
ミがエイエンと続くのだ。
2009年.月二十二日現在、ここ最近、思索という空を旋回していた意識
が、突然己の肉体に還ってくるという不思議な体験をしている。そして一瞬自
分が何者だか分からなくなる。体温だけが記憶されている意識、「どうして自
分は涙を絶え間なく流した公園の大きな丘の上に座っているのだろう?」と。
僕は自殺した先輩のことで悲しみに暮れていたわけではなかった、只、彼女
に対する途轍もない想いが成熟しなかったことへの無念さについて悲しみに暮
れていたのだ。君と先輩は同い年だ。先輩が死んだ年に、十一月に、君と僕は
巡り会った。この、黄色いミニ・ディスクを購入する二年前の話。
長時間聴き続けたMDウォークマンから黄色いミニ・ディスクを取り出すと、
二分半で焼き上げた食パンのようにそれは火傷しそうな位、熱かった。
いつの間にか、先輩の写真が飾られている部屋は消えていた。
書いても書いても癒えない先輩への想い。僕の胸の奥の「ナニカ」は、.だ
に痛みが引かない。僕は一旦、ノートパソコンを閉じ、夕食の支度をする。痛
みを紛らわす為だ、そして現在も二人きりで再会できていない君について思い
を馳せる。僕は、ボクハ、ヤッパリタトエシジントシテイキテイケナクトモ、
詩を書き続けるし、君をこの遠い北国から想い続ける。しかし、この胸の奥の
イタミはどうすれば治まるのだろう? そうか、また2006年の十一月の仕
事中に、この黄色いミニ・ディスクの収録曲を聴き直せばいいのだ。しかしそ
の為にはあまりにも故障し過ぎたMDウォークマンが心の部屋の中に転がって
いた。
朽ち果てた森
僕がその「朽ち果てた森」へやって来たのは、君の処女詩集に書いてあるそ
の森に興味を持ったからであった。まさか末当に.在するとは…。場所はとあ
る事情があり記せないが、とある西洋の山に囲まれた田舎の村の近くに存在す
るとある森である。地元の人間達にはどうやらいわく付きの森らしい。人間の
死体が白骨化したような汚れた色の木々が無数に乱立している。僕は自分が何
故か、とある日末で有名な大学院の考古学部に在籍している。君は日末で処女
詩集を出版してから行方不明になっていた。─誰もが自殺したのではないかと
考えていた─。僕も様々な理由により、君の魂はもうこの世界にいない、と思
っていた。しかし、その私家版の処女詩集には、名前は記されていなかったが、
─間違いなく─、その森について、というより、─僕にしか分からない─、そ
の森についての細かい記述がなされていた。その森へ徒歩で向う時に、村人か
ら、「大昔、あの森へ入った者は村八分にされたばかりか、必ずその後の人生
に不幸が訪れる、だから決してあの森へ入っちゃいけない」と、散々村の酒場
にいた彼らによって注意を受けていたのだが。
まるでベトナム戦争でアメリカ軍が大量に使用した枯葉剤を上空からばら撒
かれたように、その森は見事に朽ち果てていた。この地域では干ばつや水不足
の心配はない、と昼間っから酒場にいる男達から訊いたのだが、何故だか、「そ
の森だけ」森全体の水分が、枯渇していたのだ。僕はその森が次第に視野の中
で大きくなってきて、その入口に立った時、君の処女詩集を取り出し、朗読を
し始めた。やはり君との会話の記憶や、この詩集に記されている、「朽ち果て
た森」というのは、その森で間違いが無さそうだった。僕はふいに村人達の話
を思い出し、一瞬怯んだが、胸を張り、深呼吸をして、その森へ入った。
森の奥へ入っていくにつれて、先程まで差し込んできていた陽の光が届かな
くなってきた。僕の瞳は次第に熱を失い、両肩の筋肉線維に不安が纏わりつく
ような凝りを感じた。先程朗読し、暗記したこの森の詩を復唱していると、.
際に口走った事柄通りに景色は変化し、ゆっくり暗唱すれば、ゆっくりと景色
は変わり、早口で暗唱すれば、素早く景色は変貌した。僕はその不思議な現象
に驚いた。しかし、よく考えてみると、僕はゆっくりと詠うと「足」をゆっく
りと進め、早口で詠うと、「足」を素早く動かしていたのだった。
カッコウの死骸を踏み付けてしまった。まるで丸まった弾力のある綿を踏ん
でしまったように。僕は途端に暗唱を止め、不快な気持ちになっていると、景
色の移ろいが終わり、突然拓けた場所に出た。君は─いや、違ったか、巨大な
倒木は─、何故かその場所だけぬかるんでいる地面に倒れていた。─詩の終わ
りの続きと同じ情景だ─、僕の心は開放的になり、倒木のところまで行って、
それを抱き締めながら、一人涙を流し続けた。流し続けた、君は、動かない倒
木だ。見事に風化し、フハイしている。君の臍の穴から芋虫がのこのこと出て
きて、僕とほんの一瞬だけ目を.わせた、動きを止めて、僕は君の股の奥を覗
きたい衝動に駆られ、幾つもの根の隙間から君の恥部を覗き込んだ。しかし其
処には、?無数の芋虫の群れがうねうねと蠢いているだけだった?。僕はこの
作品名:MARUYA-MAGIC 作家名:丸山雅史