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MARUYA-MAGIC

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切な過ぎる感情を、朝方の東京湾に浮かぶ朝日に焦点を.わせてみた。大都
会の騒音は新鮮だった。

僕が東京で路上詩人生活を始めた頃、僕の住んでいた山が、スキー場開発の
為に丸裸にされたという情報を知った。あの山手線を延々とぐるぐるぐるぐる
回っていた日、僕は.し山の友達達に酷いことを呟き過ぎたと思う。今日も東
京の空を、飛行機が飛び回る。











屋上



僕の高校時代の半分は、高校の校舎の屋上で過ごした。無断で授業を欠席し
ても、誰も僕のことを注意しなかったし、沖縄の高校だったから、北海道など
とは違って、年中常夏だった。そして君以外誰も屋上なんぞにやって来なかっ
た、僕と君は三年間、屋上で捨て犬を育てていた。その犬は高三の三月一日、


つまり、高校の卒業式の日に、誤って屋上から落ちて死んでしまった。僕は北
海道の三流私立大学へ進学が決まり、君はピアノ一末で東京の音楽の国立大学
に受かった。僕達は寂しい時一人暮らしの僕の家で、体を重ね.わせてセック
スをした。北海道の大学を一年で中退した僕は、君に会いたくて東京へやって
来た。僕は君のアパートに潜り込み、同棲生活を送っていた。十九歳の春から、
二十一歳の秋まで、僕達は同棲生活をした。僕は昼夜問わず働いた。生活は潤
っていた。無人の雑居ビルの屋上で新しい捨て犬を育てた。アパートでは飼え
なかったから、毎日、僕達は僕達の犬に会いに行った。地上へ下ろして散歩に
連れて行ったりした。僕達は二十歳の春に入籍し結婚した。二十一歳の晩秋、
君が交通事故で死んでから、悲しみのあまり、色んな女性とセックスをした。
そしてエイズに感染した。と同時にひょんなことから詩を書くようになった。
何時死ぬか分からない恐怖から、僕は何度も雑居ビルの屋上から飛び下り自殺
しようと思ったことがある。詩を書き始めて七年弱でとある出版社のコンテス
トで大賞を獲り、詩集が出版されることになった。別段嬉しくはなかった。が、
予てより余生を過ごしたいと思っていたフランスに移住するお金は貯まった。
僕は君の御骨と捨て犬を連れて、日末を出た。

南仏のアルルにある、これまた歓楽街の近くに建っているアパートメントに
住んだ。捨て犬をアパートで飼うことは大家に咎められたが、屋上でなら飼っ
てもいいと許してくれたのでその言葉通りにした。詩作以外は常に捨て犬と屋
上で寝転がり、空を眺めていた。高校時代の君との思い出を蘇らせては、涙を
流した。

そんな穏やかな日々が静かに流れていたある時、僕は病気が悪化して病院へ
入院することとなった。余命は敢えて訊かなかった。僕はアパートメントの大
家に捨て犬の面倒を見て貰っていた。病院でも、僕は「決まった時間」だけ、
屋上に出て、沖縄の空のある方角をじっと見つめていた。数年間、そんな生活
が続いた。その間に、捨て犬は病死し、僕は日末へ帰国することを決意し、沖
縄に戻った。

沖縄の病院でも、高校時代を過ごした校舎の方角の空を眺めていた。ある時
僕は退院許可が下り、十数年振りに高校へやって来た。すると其処には、新し
い校舎が建っており、校内の事務員に事情を訊いてみると、二年前に僕と君が
高校生活の半分を過ごした旧校舎は取り壊してしまったということだった。僕
は、新校舎の屋上に上がってもいいですか、と質問してみたが、幾ら卒業者と
雖も、それは許可できないと言われた。その日を境に僕の病気は悪化し、絶対
安静と言われた。

だが中々ヒト免疫不全ウイルスは僕を君や二匹の捨て犬の元へと連れて行っ
てはくれなかった。また十数年の歳月が流れた、僕は四十二歳になっていた。


詩集を書く力も無くなり、僕は夢の中でよく、十代の頃、屋上で音楽を聴き、
小説を読みながら、眩い太陽の光を全身に浴びて、君と何時までも続くと思っ
ていた一つの「時代」をみた。そして台風の夜、僕の家の照明を全て消して、
決して癒えることのない孤独と孤独を溶け.わせた君とのセックスの後に残る
君の体温が涙の温かさへと変わったが、それは流したくなかった。











大聖堂



大聖堂の窓から、剥製のような可愛らしい犬が此方をじっと見つめている。
一日中だ。そして僕もまた、可愛らしい犬と同じように、土手の草むらに寝そ
べって犬をじっと見つめている。一日中だ。太陽は「おはよう」と大聖堂の周
りを囲む森から現れて、「こんにちは」と森の真上を過ぎ、「おやすみなさい」
と森の中へ沈んでいく。それがこの.が降らない国では毎日、一年中、もしか
したら僕の人生中ずっと続く。僕は昔でいうニートで、とある世界的に有名な
建築家が遺したこの大聖堂の傍に、もうかれこれ、七年居座っている。しかし
誰も僕に文句を言う人間などいないし、ましてやこの大聖堂にやって来る人間
などこの七年間一度も見かけたことがない。この大聖堂は末当に有名なのか?
と疑念を抱き、.家の近くにある書店のこの国のガイドブックを立ち見してみ
ると、表紙からしてこの大聖堂を扱っており、大々的にこの大聖堂の魅力を特
集していた。なのに、何故、僕の国は、現在はどの国とも戦争をしていないの
に、どうして誰もこの大聖堂を見物しに来ないのだろう? そもそもこの国は
他の国の陰に隠れて、目立たないのだろうか? それとも現在ではその建築家
が造った大聖堂は、誰が造ったかも分からない只の建築家の造った大聖堂と同
じように、価値が下がってしまったのだろうか。その真相が闇に葬られたまま、
大聖堂の窓から僕を一日中じっと見ている犬や、大聖堂の近くの土手の草むら
に寝そべり、窓の向こうの空間にいる犬を一日中じっと見ている僕達は(.な
くとも僕は)、とても感傷的で、寂しがり屋でこの謎に包まれた大聖堂とその
奥に広がる青空を見て大泣きしたいのだろう。可愛い犬はいつも同じ場所にい
る僕の顔を覚えていてくれているのか、じっとつぶらな瞳で剥製のように動か
ずに僕を見つめ続けている。僕は夜になり眠たくなると自宅へ帰るが、その間
に、この大聖堂の管理者であり、聖職者であり、犬の飼い主である誰かが、犬
に餌を与え、散歩に連れて行くのだろう。僕は七年間もこの場所に、働きもせ


ず、朝から晩までぼんやりと物思いに耽っているのだが今の一度も、その複数
の姿をもつ人間に出会ったことはない。あの犬は.なくとも七歳以上であり、
あの犬の飼い主も、僕が七年以上この場所に居座っていることに気付いている
に違いないのに、全く僕の前に現れて何か言ったりすることがない。そして僕
はこの土地に生まれてから一度も、この大聖堂の中へ入ったことがない。それ
に加えて、この大聖堂の管理者兼聖職者らしき人物の存在がとても恐ろしく感
じるのだ。もしある時、その人物が僕の前に現れたら、その日のうちに僕は急
死してしまうか、この世界は隕石の衝突によって滅んでしまうだろう。それぐ
らい僕はいつの間にかその人物に対して恐怖心を抱いている。大聖堂の大きな
扉はかたく閉ざされているように思い、それは僕の内面の扉を如.に現わして