MARUYA-MAGIC
僕はやはり彼女達への怒りを静めることができない。僕が一番初めに愛した
女性─十三時三十六分現在ではもはや塵と化して心の内側にこびり付いている
のだが─もその内の一人に入っているのだが、これから憎むであろう─一人の
文学的に言って──やはりここに記すのは止めておこう─とある女性を連想さ
せた。女性とは二つのタイプに分かれるもので、思い出せば思い出すほど憎悪
を掻き立てる者と、結局はその者を許してしまいもう一つのタイプに?移行?
させてしまう者、にだと思う。表面上の理想的な.発達な精神の.女達と遊戯
する我に返る前の一時、の熱が二重瞼を下ろさせ、心地良い眠りへと意識を誘
う空想。
煮えたぎっていた脳と汗塗れの上半身が冷えてきた頃、僕は再び詩を書き始
めることを決心した。綱を渡り、この部屋から出て、僕は何の為に詩を書くの
かという絶えず乱立する馬鹿げた問いを粉砕し続けながら生きていくのだ。仮
面やメイクで道化者となり、多くの花畑を見続けた方が性に.っているのかも
しれない。しかし僕は忘れない、殺されたり自殺したり忘れられたり憎まれた
りしていった?君?達を、愛する君達を、残された者の宿命とはなどという糞
みたいな命題などはいつの間にか解いているものだ。日差しが消えた十四時三
十一分に詩を書き終えた僕の元友人が刃物男だと.し怖くなった八月.日。
気球船、爆発する
ある国のある都市のある郊外で、最新型気球船、「ツブラヤーイ・ハジメー
ノ」の完成披露及び、世界一周旅行を記念しての式典が盛大に行われた。各国
の主要なラジオ局の人々や新聞社の人間が押し寄せ、世界各国からこの日の為
にこの国へやって来た人達や、市民達もいて、全世界に人類の科学の進歩を懸
命に称えていた。長年気球船開発の資金を援助していた、自動車工場の社長に
して大富豪でもあるマルヤーマ市長の演説が終わると、ついに気球船の除幕式
が始まり、市長やこの国の王、大統領までもが鋏を持ち、杭に打ち付けられて
いる赤い紐を一斉に切ると、幕が下り、カメラのフラッシュが無数に光り輝き、
「ツブラヤーイ・ハジメーノ」が露わになった。群衆はその大きさと威圧感に
驚嘆の声を上げ、司会進行の男が幾ら「お静かに!!」、「静.に!!」と大
声で叫んでも、全く歓喜の渦は止みそうになかった。
「静かにせんか!!」ととある軍人が張り裂けそうな声を荒げ、澄み切った
青空に戦車で空砲を一発撃ち込むと、ようやく群衆は我に返って静寂の虜にな
った。.し咳払いをして眼鏡の位置を直した司会進行の男も冷静さを取り戻し、
「それでは世界中から抽選で選ばれた方々は、ぜひ栄えあるこの豪華気球船に
乗って世界一周旅行を楽しんできて下さい!!」と喋ると、群衆が波のように
押し寄せてきて、司会進行の男や市長、国王や大統領を押し倒し、我先にと気
球船の搭乗口へ走っていった。
世界中の物凄く強運の持ち主達は、気球船の内部を見て血が沸き上がり、血
眼になって、挙げ句の果てには失神して泡を吹く婦人までいた。それは夢のよ
うな乗り物を手にしたという概念から離れて─豪華絢爛な装飾を施された船内
は人々の思考を停止させ童心へ帰らせた─、幸福を皆で共有するという末当の
意味での人間的な感情に心が満たされた、人々は壁に掛かった飾り物を手にと
って他人と称賛し、実.の多さと広さと美しさに胸を躍らせ、既に昼食の準備
をしている食堂から漂う香ばしい肉の香りにお腹を鳴らし、後は遙か上空から
窓から眺める地上の世界の素晴らしさだけだった。
乗実が思い思いの場所で離陸するのを今か、今かと待ち侘びていた。そして
ついにその時がやって来た!! 窓から外の景色を眺めてみると、群衆が気球
船から伸びた様々な色のテープを持っており、まるで出国する豪華実船さなが
らだった、「それでは、『ツブラヤーイ・ハジメーノ』号、発進致します」と
この気球船の船長がアナウンスで乗実に告げると、彼らは熱狂的に叫び、食堂
から高級ワインを勝手に持ち出して、手渡しで大人子供問わず栓を抜き、皆で
乾杯を始めた。すると暫くして気球船の最後部の巨大なプロペラが幾つも回り
始め、機体がゆっくりと起動し始めて、プロペラによる風圧で激しい砂埃が立
ち、群衆は瞼を閉じ、女性のスカートが捲れて中身が丸見えになっているのを
偶然にも見た.年が、その善悪を無意識に天秤に架けられてしまう前に、気球
船は.しずつ浮上し始めた、群衆がやっとのことで瞼を擦って涙に濡れた眼球
を気球船の方に向けると、それは大空に向かって突き進んでいるかのように見
えた。
しかし、その瞬間突然気球船は爆発し、群衆の心が底に落ち着く頃には、皆
パニック状態で、.や落下物から逃げるように遠くへ、遠くへ逃げていた。皆
の心の中には「気球船が爆発した、気球船が爆発した」、という紛れもない事
.を包み込む冷静さが光っていた、人々はその夜追悼式を行い、ラジオや新聞
はトップで「気球船、爆発する」と報じた。
彼女から、心の内を訊くのが怖いから
夜が更けていくにつれて、彼の世界のテリトリーが拡がっていく。それはこ
の島国を越えて海を越えて、完全な夜がやって来る頃には地球を覆い尽くすだ
ろう。それ、イコール、想像力、内に秘めたるものは心の平安、太陽が爆発し
て世界中を、暗闇を包み込んだら、嘆きと歓喜が混.し地球はゆっくりと熱を
失って、氷の惑星となる。彼は無人のロンドンを、頭を空っぽにして徘徊し、
詩を書いて毎日を過ごすであろう。小さい頃、彼は宇宙の存在とその性質を初
めて知った時、宇宙の片隅で体育座りをしてじっと恋心が消え去るのを待って
いたいと思った。愛しき人が死ねばいいのにと思ったこともある。敵わない恋
だから、一刻も早くこの胸の苦しみと痴呆患者のような思考回路から脱却した
いという一心で、たった一人でこの地球に住み、暗さと寒さの中で、何処にい
るか分からない、理想の女性に向けて毎日詩を書き続けそれを電波に載せて送
る。
恋をした為に、詩が書けなくなったことがある。それ以上に何もすることが
なくなるのである。「愛してる」、その言葉を心に思い浮かべただけで涙が溢
れてきてしまう。涙の下の宇宙は彼にとって.在しないと断言できない現.に
存在する女性を想うことと同じくらい虚無である。敵わないのは、末当は愛し
き人が想いを寄せている男性のことが殺したいぐらい憎いから、というところ
から悟った結果かもしれない。
彼女から、心の内を訊くのが怖いから、「死ね」、「殺す」、などという発
想が生まれたのだ。恋とは病とはよく聞くけど、夜の底に填り、体温を保って
いる彼は冷静に自分を観察し始めた。吐き出したい感情を文字にして、抗力不
可の精神薬を、噛み砕き、飲み込んだ。ゲーテよ、ダンテよ、彼はあなた方の
苦を超えている、タイトルに意識を向ける、苦悩から解き放たれた心を感じる、
ジブンニハナニガタリナイ? ビボウ? ジンセイケイケン? シヌコトガコ
作品名:MARUYA-MAGIC 作家名:丸山雅史